間接キスとか今さらすぎて
小雪はあたふたしながら視線をさ迷わせる。
「そ、そんなことできるわけないでしょ……! 恥ずかしいじゃない!」
「どうせ誰も見てないって。だいたいこないだ俺の指に食いついただろ、あれよりマシじゃん」
「あ、あれは物のはずみで……ともかく無理無理! 絶対無理だから!」
「えー、小雪に食べてもらいたいなー。それにそろそろ腕も疲れてきたしなー」
「うぐぐっ……や、やればいいんでしょっ!」
小雪はやけくそとばかりに、直哉のスプーンに食いついた。
そのまますぐ距離を取り、もぐもぐ咀嚼してごくんと飲み込む。
その横顔は耳の先まで真っ赤っかだ。
(あ、これはヤバい。癖になりそう)
おもわず直哉はごくりと喉を鳴らしてしまう。
それに何を思ったのか、小雪が目を細めてみせた。
「あら、直哉くんも食べたいの?」
「そういうわけじゃ――」
「ふふん、だったら私もあーんしてあげるわ」
反撃のチャンスを得たと思ったのか、小雪がデミグラスソースのかかった方をひとさじ掬い、直哉の前に突き出してみせた。
不敵な笑顔を浮かべて言うことには――。
「私だけ恥ずかしい思いをするなんて不公平だもの。ほら、早く公衆の面前で無様な姿を晒し――」
「いただきまーす」
「まだセリフの途中!」
直哉はおかまいなしでスプーンに食いついた。
デミグラスソースとバターライス、そしてふわとろ卵のハーモニーが抜群だ。キャラクター頼りではなく、味もしっかり高得点である。
「うん、うまいな」
「……躊躇なく食べるのね」
「だって冷めたらもったいないだろ」
「それはそうだけど……むうー」
小雪は納得いかなさそうに眉をひそめ、自分もデミグラスのオムライスをぱくついた。
味がお気に召したのか、ひと口食べただけで頰がほころぶのだが――。
「あ、こっちもおいし……っ!?」
不意にその表情がびしりと凍りついた。
ホワイトソースの方を食べながら、直哉は首をかしげる。
「うん? どうした」
「こ、これって……」
小雪は生唾を飲み込んでから、自分が手にしたスプーンと、直哉のスプーンを見比べる。ぷるぷる震えながら叫ぶのは――。
「か、間接……キス、じゃないの!?」
「えっ、今さら?」
それに、直哉は目を丸くするのだった。
おかまいなしでオムライスを食べ続けると、小雪は目をむいて怒りだす。
「今さらってなによ! 男の子となんて、私初めてだったんだからね! もっと女の子の気持ちに寄り添いなさいよ!」
「いやだって、小雪たまに俺の買ったジュースとか飲むだろ……ひと口ちょーだい、って」
「…………あ」
「やっぱり気付いてなかったんだな……?」
黙り込んだ小雪に、直哉は真顔になってしまう。
最近は夏も近くて暑くなってきたため、飲み物をねだる頻度が高くなっていた。
その度、直哉はドギマギしつつ『これ気付いてないんだな……』と複雑な気持ちを持て余していたのである。
じとーっと半眼を向けていると、小雪はごほんと咳払いをしてから、わざとらしく髪をかきあげてみせた。
「そ、そんなことないわよ。知ってたし。あなたが気付いてるか試しただけだもの」
「はあ、それならいいんだけどさ」
「ちなみに、これまで何回くらいしてた……?」
「覚えてねーってそんなの」
「お、覚えられないくらいしてたの私!?」
小雪が裏返った悲鳴を上げたりとちょっとしたハプニングがあったものの、ふたりは食事を楽しんだ。
オムライスはもちろんのこと、デザートのプリンとパンケーキも半分こ。途中で着ぐるみたちが現れて一緒に写真も撮ったし、充実した時間を過ごすことができた。
しかし、レストランを出てすぐ。
小雪は深刻そうな渋面でこぼしてみせた。
「これは由々しき事態だわ」
「えっ、あれだけ楽しんでおいて?」
ふたり分の荷物を抱えて、直哉は目を丸くする。
小雪は小雪で、今しがた買い求めたばかりのトラぬいぐるみを抱えていた。荷物になるから帰りに買うと言っていたが、レストラン併設のお土産ものコーナーで耐えきれなくなったらしい。
頭にはトラ耳カチューシャまで装備済みだ。
直哉もおそろいの一品を装備させられたし、どこからどう見ても遊園地ではしゃぐカップルそのものである。
それなのに小雪はむすっとした顔をする。
「楽しかったから問題なの! 私の方が楽しんでるし、これだと勝負に負けちゃうじゃない!」
「あー……」
てっきりもう忘れたものかと思っていた。
生返事をする直哉にもかまわず、小雪はびしっと明後日の方向を指し示す。
「こうしちゃいられないわ! 次は海底探検アトラクションよ! 男の子は冒険ものが大好きだっていうし、今度こそ満足させてあげるんだから!」
「はいはい。それは逆方向な」
意気揚々と歩き出そうとする小雪の首根っこをがしっとつかむ。
(これは完全に自分が行きたいだけだな?)
そんなあからさまなところもまた可愛い。
白金会メンバーがたまに『供給過多で死ねる』と言っていたが、こういうことなのかと直哉はしみじみ噛み締めた。