臨機応変な告白作戦
正面ゲートをくぐると、アーケードがずっと向こうまで続いていた。
左右にはお土産物屋やレストランなどが並び、キャストが子供たちに風船を配っている。
あちこちから聞こえるのは、陽気なBGMや明るい笑い声。
どこもかしこも幸せのオーラでいっぱいだ。
「よーし。それじゃあ最初は――」
「きゃーー!」
「うおっ」
入ってすぐ、小雪が黄色い歓声を上げた。
おかげでパンフレットを取り落としそうになって、直哉は目を瞬かせる。
「えっ、なに。全力ではしゃいで欲しいとは言ったけど、そんな急にテンション上げられるとビビるんだけど」
「し、仕方ないでしょ! ほら、あそこ!」
「うん?」
小雪が指差す先。
そこは特に人でごった返していた。みなが歓声を送る先にいるのは数体の着ぐるみだ。
しかしそれが犬とか猫とか、オーソドックスな見た目をしていなかったため、直哉は目を丸くする。
「なにあれ」
「し、知らないの!? 『ほしょく☆めいと』よ!」
「なにそれ……」
小雪の口から胡乱な単語が飛び出して、直哉はますます首を捻るしかない。
目つきの鋭い灰色の犬、牙の鋭い緑色のワニ、魚をくわえた青いサメ……そんな謎の取り合わせの着ぐるみたちが居並んでいるのだ。彼らは骨付き肉や魚のぬいぐるみを手にして、時おり貪り食うようなジェスチャーをする。
かなり凶悪な光景だった。
だがしかし、疑問を覚えているのはこの場で直哉だけらしい。
子供ならず大人までもが彼らに熱い歓声を送っている。
ぽかんとする直哉を尻目に、小雪はちっちと人差し指を振る。
「予習不足ね、直哉くん。あの子たちはこの遊園地のマスコットキャラクターなのよ。『ほしょく☆めいと』って言って、陸海空の肉食獣たちがおいしいご飯を食べながら仲良くまったり暮らしているって設定なの」
「まったり暮らせるのか、あのゴツめの顔ぶれで……」
とはいえ、よく見るとパンフレットにもちゃんと載っていた。
直哉が予習したのはデートプランのみだったので、見落としていたようだ。
どうやらハイエナ、ワニ、サメ以外にも、トラやクマ、コンドルなどの物騒な仲間がいるようだが――。
「小雪、猫好きだよな。トラは……ここにはいないのかな?」
「むう……とらくんはレアキャラだから仕方ないわ」
小雪もあたりを見回してから、沈痛な面持ちで肩を落としてみせる。
「とらくんはふつうの猫なんだけど、みんなに食べられないように虎のふりをしてるって設定だから……滅多に人前に出てこないのよ。恋人を食べた仇を探して『ほしょく☆めいと』に潜入しているの」
「やっぱまったり暮らせてねーじゃん! なんだよその重い設定は!」
「でもでも、みんな人気者なんだから! 帰りにぬいぐるみを買いたいから、選ぶの付き合ってちょうだいね!」
「はあ……」
納得はいかないが、小雪が楽しいなら何よりだった。
携帯で着ぐるみたちの写真を撮ってから――人垣が邪魔で、ぴょんぴょん飛び跳ねながら撮っていたため、かなりブレブレだろう――直哉を振り返ってにこやかに言う。
「夜はみんなのパレードがあるの。一緒に見ましょうね」
「えっ」
それに直哉は一瞬だけぴしりとフリーズした。
おかげで小雪が首をかしげてみせる。
「どうかした?」
「あ、ああいや、全然。なんでもないよ」
直哉はあいまいに笑ってごまかすだけだ。
(まじかー……夜は夜景を見つつ、ロマンチックに告白……なんてベタなこと考えてたんだけどなあ)
せっかく巽たちにお膳立てをしてもらったのだ。
最高に、思い出に残る告白シーンを作りたかった。
とはいえ小雪の望みはできるだけ叶えたい。だから計画を変更しようとするのだが……小雪はじーっと直哉の顔を見つめてくる。
「むう。嘘ばっかり。なにか夜にやりたいことがあるんでしょ」
「……バレた?」
「当たり前じゃない」
呆れたとばかりにため息をこぼし、びしっと直哉の鼻先に人差し指を突きつけて――。
「直哉くんほどじゃないけど、私だって心の中くらい読めちゃうんだからね。あなた限定のスキルになるけど。正直に言いなさいな」
「いや、いいって。たいしたことじゃないし。小雪はパレード見たいんだろ?」
「それはそうだけど……むう。あっ、そうだわ」
そこで小雪はひらめいたとばかりに顔を明るくする。
不敵な笑みを浮かべて告げることには――。
「だったら勝負といきましょう」
「勝負?」
「どっちが相手を楽しませることができるか! 勝った方のプランに乗る。どう?」
「ふーん……なるほどなあ」
直哉としては、小雪に合わせることに異論はない。
しかし勝負の内容は魅力的だ。つまり……小雪が全力で直哉を楽しませようと仕掛けてくることになる。
いったいどんな手腕を見せてくれるのか。
ストレートなアプローチも、的外れな行動でも、たぶんなんでも可愛いことだろう。
たっぷり楽しませてもらったあとで、直哉が『負けました』と宣言すれば、小雪の望み通りにパレードを見せることができるし。受けない理由がまるでなかった。
「よし、受けてたとうじゃん」
「そうこなくっちゃ! それじゃあ先攻は私ね! まずはそうね……あっちよ!」
「そんな急いだら転ぶぞー……っと」
勢いよく歩き出す小雪のことを、直哉もゆっくり追いかける。
そんななか、すれ違う女子たちの会話がふと耳に入った。
「ねえねえ知ってる? ここのパレードってカップルに人気なんだよ」
「あー、たしか特別な参加賞がもらえるんでしょ」
「そうそう。もらったカップルは幸せになれるっていう噂の!」
きゃっきゃと弾んだ、何気ない会話。
それを直哉は静かに噛み締めた。
(なるほど……その参加賞が欲しいんだな?)
夜景を見ながらの告白はひとまず保留だ。
頭の中の計画表にパレードを書き込んで、そこに大きく赤ペンで丸をつけた。