幼馴染みたちとの放課後
その日の放課後。
直哉はバイトのため、桐彦の家へと向かった。もちろん小雪も一緒だ。
今日も仕事がてらに料理教室を開くつもりだったのだが……茜屋古書店のドアを開けてすぐ、割れんばかりの怒声が轟いた。
「てっめ、ふざけんなよゴルァ!」
「ひゃうっ!」
おかげで小雪が身をすくめ、直哉の背にさっと隠れてしまう。
ぴたりと密着されて変な声が出そうになった。背中に小さな手のひらが添えられて、肩のあたりに吐息がかかる。完全にご褒美だ。
直哉の緊張を察することなく、小雪は怯えたように声を震わせる。
「えっ、しゅ、修羅場……? 入っていいのかしら……」
「いやー……大丈夫だろ。どうせくだらないことだろうし」
今のは桐彦の声ではなかった。
ここに来る客など限られているし……直哉は小雪を背中でかばったまま、店の奥へと足を踏み入れる。
その先にあるのは先日、小雪とお茶した和室である。
そこでは――たしかにちょっとした修羅場が繰り広げられていた。
「くっそ……! あと一個! あと一個青のコマを取れば俺の勝ちだったのに……!」
「ふふん、ブラフに引っかかるあんたが悪いんだよー」
白い駒が並んだ、青いボード。
それを前にして巽が泣き崩れ、結衣が不敵な笑顔をうかべていた。幼馴染みカップルは制服姿のままで、直哉たち同様に学校から直接ここに来たらしい。
「今日はボードゲームの日かー」
「ぼーどげーむ?」
「あらー、いらっしゃい。笹原くんに小雪ちゃん」
小雪が首をかしげたところで、奥から桐彦がやってくる。
手にしたお盆には人数分のカップとティーポッド、それに大量のお菓子が載っていた。
やわらかな微笑みとあいまって、親戚のお姉さんオーラが半端ない。そんな彼に、小雪はぺこりと頭を下げる。
「こ、こんにちは。桐彦さん、夏目さんたちもバイトなんですか?」
「いいえ、こっちのふたりは遊びに来ただけ。今日は暇だし、みんなでゲームでもしようと思って呼んだのよ」
「ゲーム……ですか」
興味を惹かれたのか、小雪はそーっと結衣たちのそばにしゃがみこむ。
ボードの上に並ぶ白いコマをつんつんつつき、目を輝かせてみせた。
「これがそのゲームなの? なんだかかわいいコマね」
「でしょー。ガイスターっていうボードゲームなの」
「ボードゲーム……って、なに?」
「トランプとかウノとか人生ゲームとか。あんな感じで、テレビゲーム以外のゲームって感じかな。いろいろ種類があるんだよ」
「へえ。これはどんなルールなの?」
「これはねえ、チェスみたいなふたり用のゲームで――」
小雪はふんふんうなずき、真剣に耳を傾ける。
そんな仲睦まじい女子ふたりを見て、直哉はこっそり嘆息する。
(おお、ほんとに仲良くなってら。最初のころとは違うなあ)
最初はおっかなびっくり、見るもわかりやすく緊張していたというのに。そのちょっとした変化が、直哉はうれしかった。
女子ふたりがはしゃぐ中、泣き崩れていた巽が、よろよろと顔を上げる。
「くそぉ……次こそ負けねえからな」
「巽、おまえさあ……」
「なんだよ」
「いや、なんでもない」
いつも通りの光景に、直哉は肩をすくめるだけだ。
相変わらず捻くれたイチャつき方をするなあ、としみじみ思う。
直哉が生ぬるい目を巽に送る横で、小雪は首をかしげてみせた。
「いつもこんなゲームで遊んでるの?」
「うん。桐兄ぃ、ほかにもいろいろ持ってるからね」
結衣はこともなげに応える。
なんだかんだ、直哉たち三人は桐彦と十年近い付き合いだ。昔からよく遊んでもらっていたし、そんな付き合いが今でも続いている。
「あとはふつうにテレビゲームしたり、巽の新技を見たり? いろいろだねー」
「河野くんの新技?」
「うん。こう見えて、巽ってばけっこう器用なの」
「そうだわ。せっかくだし小雪ちゃんに見せてあげなさいな。これとかどう?」
桐彦がタンスを漁って、けん玉を差し出す。
なんの変哲もない一品だ。巽の私物だが、完全にこの家に放置されている。
「えー、これくらい誰でもできるだろ。ほら」
「わ、わあ! すごい!」
それを受け取って、巽は事もなげに技を繰り出していく。玉が素早く移動していく様を見て、小雪は目をキラキラさせて拍手を送った。
それに、直哉は肩をすくめるのだ。
「でもこいつ飽き性だからさ。何かに手を出してもすぐに投げ出すんだよなあ」
「うるせえ。どれも簡単過ぎるのが悪いんだよ」
カンカンカン、と軽快にけん玉を終えて、巽はにやりと笑う。
「俺が長続きするのなんか、結衣だけで十分だっつーの」
「やかましいわ」
「いでっ」
横手から結衣がびしっとチョップでツッコミを入れる。
息ぴったりの夫婦漫才だ。
それを小雪はなぜかじーっと見つめて――。
「……えいっ!」
直哉の肩を軽くチョップしてみせた。
一切痛くなかったが、直哉は目を瞬かせる。
「……あいつらが羨ましくなったとか?」
「うん」
満足したようにうなずく小雪だった。
おかげで桐彦がほう、と吐息をこぼしてみせる。
「あらあらまあまあ。どこもかしこも熱いわねえ。お兄さん、照れ臭くって直視できないわ」
「そう言いつつ、メモを取るのやめてもらってもいいですか」
スマホで長文を打ち込む桐彦に、直哉はじと目を向ける。
暇だからと自宅に結衣たちをよく招くが、本心ではネタを探しているだけなのだろう。今は直哉と小雪のことも狙っている気がした。