白雪姫は今より先に進んでみたい
あらためて言葉にすると、自分たちの関係はかなり謎だ。
きちんと恋人になったわけでもないし、友人というにはあまりに距離が近い。
(それに、お互い好きなのも分かってるしね……)
小雪の好意なんて筒抜けだし、直哉は直哉で言葉と態度で示してくれる。
ますます付き合わない理由がない。
だがしかし……これまでがあまりにスムーズに進みすぎたのだ。
「その、急に仲良くなったから、ちゃんと言い出すタイミングがなくて……でもやっぱりこういう関係って、変かしら……?」
「うん。変だよ」
「変だと思う」
「そ、そうよね……」
女子生徒たちに力強くうなずかれ、小雪はがっくり肩を落とした。
そこで、恵美佳が明るい声でフォローを入れる。
「でも、そういう距離の詰め方って人それぞれじゃない? ふたりにはふたりのペースってものがあるのよ」
「うーん……そう言われるとそうなのかも」
「鈴原さん……」
「それにね?」
フォローにじーんとする小雪の手を、恵美佳はそっとにぎる。
そうしてにっこりと笑って言うことには――。
「そういうじれったい関係も堪らなく美味しいと思うの。私は全力で応援するからね!」
「は、はあ……」
まっすぐすぎるエールに、小雪はまごつくしかない。
どこか実妹を思わせる熱意を感じさせた。
そんな小雪を見て、結衣は小首をかしげるのだ。
「つまるところ、今が白金さんにはいい関係なのね?」
「うっ。それは……どうなのかしら」
たしかに今の距離感も悪くはない。
だがしかし、欲を言えば――。
「できたら、もっと素直に……好きって言いたい、かも……」
直哉の特殊なスキルによって、小雪の心の中は筒抜けだ。
だから好意も十分に伝わっている。
それでも小雪はちゃんと、口に出して言ってみたかった。
(だって、そうじゃないと不公平よね。素直になるって決めたなら……とことんまで変わらなきゃ)
うんうんとひとりで決意を固めていると――ふと、周りが静かなことに気付く。
顔を上げておもわず「ひえっ」と声が出た。
なにしろ話を聞いてくれていた女子生徒たちが、そろって真顔だったからだ。全員押し黙って、小雪のことをじっと見つめている。
なにかマズいことを言っただろうか。
小雪が不安になったところで、ひとりがぽつりとつぶやいた。
「白金さんって意外と……可愛いね?」
「ふぇっ!?」
「話しかけにくいかなーって思ってたけど、話してみると案外ふつうの女の子だよねえ……」
しみじみと話し合う女子生徒たち。
そのとなりで、恵美佳は得意げな顔でうんうんうなずいてみせる。
「ふふふ。そうでしょ、そうでしょ。白金さんはいい子なんだから!」
「なんでそこで恵美佳がドヤるの?」
結衣がそれにツッコミを入れつつ、小雪にウィンクを投げる。
「でも、それならちゃんと言うしかないよ。私と巽もそうやって、今に至るんだからさ」
「そう、よね……経験者の言葉は重いわ……」
しみじみとその言葉をかみしめて、ふと気になることがあった。
「ちなみに夏目さん的に、付き合うってどんな感じなの?」
「えっ、そりゃまあ……今の白金さんたちと変わらないと思うけど」
結衣は笑顔のままで、さらりと答える。
しかしその肩が小さく跳ねたのを小雪は見逃さなかった。
「その……ちゅーとか、した?」
「…………あはは」
ちょっと目を逸らしつつ、結衣はあいまいに笑ってみせた。
ほとんど肯定したも同然である。
おかげで小雪は雷を受けたような衝撃に震えるのだ。
(ちゅ、ちゅーとか……! 高校生で、していいの……!?)
キスなんて漫画やドラマの中の世界だとばかり思っていた。
それなのにこんな身近なところに経験者がいたことで、ぐっと距離が縮まった。
(私たちもそのうち……す、する、のかしら……!)
そう考えると顔から火が出そうだった。
真っ赤になって黙り込んだ小雪に気まずさを覚えたのか、結衣があからさまな笑顔で話をそらす。
「ほらほら私のことはいいからさ! 白金さんの告白作戦を考えよ! あいつをぎゃふんと言わせてやろ!」
「ええええ!? 結衣ってばなんてステキなことを考えつくのよ!」
それに、恵美佳がハイテンションで食らいついた。
「いいじゃんやりましょ! 私がずっと温めてきた白金さんの胸キュンな告白シチュエーションパターンを披露するときが来たのね……!」
「鈴原は白金さんのなんなの?」
「なんか笑顔がマジで怖いんだけど……」
「えええっ!? ま、待って、告白とか、まだ心の準備が……!」
盛り上がる彼女らに、小雪はタジタジになるしかない。
告白だけでも荷が重いのに、その先のことまで考えると頭が焼き切れそうだった。けっして嫌ではないのだが……やはり、まだ荷が重すぎる。
そんな折――。
「おい」
冷え切った声がかかり、女子たちがぴたりと口をつぐんだ。
彼女らの背後には、ひとりの男子生徒が立っている。
背が高く、着崩した制服のシャツの下からのぞく素肌には大小様々な切り傷が刻まれている。
脱色した髪の下からのぞくのは、ひどく鋭い三白眼だ。
彼の名前は伏虎竜太
小雪たちのクラスでもひときわ目立つ生徒だった。
(ひええっ……! 怒ってる!? う、うるさかったのかしら……!)
彼は有名な不良だという噂を、小雪も聞いたことがある。
日夜喧嘩に明け暮れているとか、近隣一帯の不良の総長だとか。
ほかの女子生徒たちも青い顔で黙り込む。
しかしそんな中、恵美佳はにこやかに片手を上げてみせた。
「あっ、りゅーくんおはよ!」
「……はよ」
彼は低い声で応えてみせる。
そうして少し言いよどんでから、意を決したように口を開くのだが――。
「その、エミ。今日の昼は――」
「あーっ、ごめん! お昼は同好会の集まりなの。また明日でもいい?」
「……ん」
彼は小さくうなずいて、そのまま自分の席へと戻っていった。
その背中がなんだかひどく寂しげで、小雪は首をかしげるのだ。
(なんかそんなに……怖い人でもないのかしら)
小雪は首をかしげつつ、恵美佳にそっと声をかける。
「鈴原さん、伏虎くんと仲いいの……?」
「うん。幼馴染み」
「い、意外な組み合わせ……!」
お手本のような優等生である恵美佳と、見るからに不良な彼とはあまりに対称的だった。
ほかの女子生徒たちも顔を見合わせて震え上がる。
「いやでも怖いよね、伏虎くん……」
「悪い噂しか聞かないし……」
「ええー。ああ見えて優しいところもあるんだけどなあ」
「悪いけど全然想像できないってば」
そのまま話は自然と伏虎のことに移っていって、小雪の恋話はうやむやになってしまった
ほっと安堵のため息をこぼす小雪に、結衣はいたずらっぽく笑ってみせる。
「ま、頑張ってみてよ。私も応援するからさ」
「あ、ありがと夏目さん……」
小雪はぎこちなくうなずいて――しみじみと思いを馳せる。
(告白と、ちゅー……かあ……)
今はまだ勇気も覚悟も足りないが。
ぜったいに成し遂げてみせると、ぐっと拳をにぎるのだった。






