白雪姫の小さな嫉妬
小雪が直哉と知り合ってから、一ヶ月と少ししか経っていない。
だから彼について知らないことはまだ多いし、所属する同好会のことをたまたま話しそびれただけかもしれない。
(むう……べ、べつに、あのひとが誰と仲良くても自由なんだけど……それが女の子っていうのは、ちょっと……)
間違いなく、これは嫉妬というシンプルな感情だ。
しかもそんな後ろ暗い感情を、最近よくしてくれる恵美佳に抱いてしまうのが、たまらなく居心地が悪かった。
(私……なんだか嫌な子かも……)
おかげで小雪は少しばかり気落ちしてしまう。
しかし、すぐにハッとするのだ。
(い、いえ、大丈夫。直哉くんのことだし、きっと何でもないわよね。うん)
かなりの変人だが、彼が小雪を裏切るはずはない。
付き合いは短いものの、そう確信できるには十分だった。
だから意を決して、恵美佳に問いかけてみる。
「あ、あの……その同好会って、どんな集まりなの?」
「うーん。ちょっとしたファンクラブみたいなものかな。直哉くんは正式メンバーじゃないけど、たまーに協力してもらうの」
「ファンクラブで協力……?」
「うん。私たちが推してるアイドルについて、笹原くんが見解を聞かせてくれる感じかな」
「ああ、それはお役に立ちそうね」
きっとテレビのアイドルかなにかだろう。
細かい仕草ひとつを取っても、直哉はいろんなことを読み取ってしまう。彼女らの慕うアイドルとやらも、さぞかし小雪のように分析されていることだろう。
納得する小雪に、恵美佳はキラキラした笑顔を向ける。
「そういうわけでお世話になってはいるけど……だからって恋愛感情はないから安心してね。私は今のところアイドル一筋だから!」
「は、はあ……」
あまりにまっすぐな宣言に、小雪は戸惑うしかない。
しかし危惧していた事態にはならなさそうだ。ほっと胸を撫で下ろしたところで、ほかの女子たちが話を弾ませる。
「へえー、しかも料理上手とかいい彼氏じゃん」
「ねー。あたしも彼氏ほしいなー」
「結衣は最近彼氏とどうなのよ」
「べつに? 特に普通だよ」
「まーたそれだ。彼氏持ちの普通はあたしらとは違うんだっての」
結衣をつんつんつついたあと、女子生徒のひとりが小雪にいたずらっぽい笑顔を向ける。
「それで、白金さんは彼氏といつから付き合いだしたの?」
「どっちが告白したとかも聞かせてよ!」
「え、えっと、その……」
質問責めにされて、小雪はまごつくしかない。
まず、彼女らの質問は前提からして間違っているからだ。
蚊の鳴くような声で小雪は答える。
「直哉くんは、まだ、彼氏じゃない、っていうか……」
「なにそれ!?」
「自分の家で一緒にご飯作って食べて、彼氏じゃないってどういうこと!?」
「ううう……」
ぎょっと目を丸くする女子生徒たち。
そんな中でも、結衣と恵美佳は顔を見合わせるだけだった。
ふたりとはよく話すので、小雪と直哉の関係について知っているのだ。
仕方なく、小雪はぽつぽつと話しはじめる。
直哉と出会った顛末から、あの喫茶店での一幕、家に遊びにきてもらったこと……等々。
あらかたしゃべり終えると、彼女らはそろって神妙な顔を見合わせる。
「えっ……つまり向こうからの告白を、お友達から始めましょう的に一旦保留にして?」
「そのままめちゃくちゃ仲良くなって、下の名前でも呼び合うようになって?」
「それでまだ付き合ってないってなに? 禅問答かなにか?」
「ううううう……」
小雪は真っ赤に染まった顔を、両手で覆うしかない。
彼女らの反応ももっともだと思ったからだ。