スーパーでのお買い物
そういうわけで、放課後はふたりしてスーパーマーケットに寄ることになった。
小雪の家の最寄り駅――その真正面に位置する大きな店だ。
夕方五時前ということもあって、店内は主婦でごった返している。
タイムセールの声もあちこちで聞こえてきて、戦場さながらの賑わいだ。
「よし。それじゃ、まずは野菜からだな」
「そうね、手早くすませちゃいましょ」
カートにカゴを積んで、いざ出陣である。
それを押す直哉の隣で小雪もどこかウキウキした様子だった。
ひとまず野菜売り場に向かい、小雪はあたりをきょろきょろと見回す。
「えっと、カレーならジャガイモと、ニンジンと……あと玉ねぎ?」
「定番はそんなところだな。家にどれが残ってるとか分かる?」
「うーん……ちょっと待ってね、先に朔夜が帰ってるはずだから聞いてみるわ」
携帯を取り出して、メッセージアプリを操作する。
するとその直後にピロンと着信があった。あまりに早い即レスだ。
「えーっと……ジャガイモはあるみたいね」
「へー。どれどれ」
小雪が差し出した画面には、野菜室の写真が写っていた。
たしかにビニール袋に入った丸いイモがあるものの――直哉はかぶりを振る。
「うーん、これは普通の男爵イモだな。カレーにはメークインじゃないと」
「メークインって……猫の?」
「それはメインクーン。メークインは煮崩れしにくい種類のジャガイモのこと。カレーなんかの煮込み料理にはこっちを使ったほうがいいんだよ」
「へえ、そんな違いがあるのねえ」
売り場には丸いイモと長い楕円形のイモが並んでいる。
直哉はそのうち後者を手に取って、カートの中に突っ込んだ。
それをしげしげと見て、小雪は首をかしげてみせる。
「そういうの、やっぱりお母さんに教えてもらったの?」
「教わったのもあるし、自分で調べたのもあるかなあ」
人参と玉ねぎを選びながら、直哉は答える。
「ほとんどは失敗を繰り返して覚えたんだよ。ジャガイモの原型が残らない肉じゃがを作ったりしたからな」
「ふうん……何事も経験ってことね」
「そうそう。だから白金さんも失敗しまくって覚えりゃいいんだよ」
小雪が料理に興味を持っているのは明らかだ。
ただし、苦手意識が先行している。
それをやんわり取り除くための励ましだったが……小雪はそれでもまだ釈然としないようだった。
「うーん……でも、失敗したら食材がもったいなくない?」
「大丈夫。失敗料理も俺が全部食べるから」
「そ、そう……」
小雪はたじろぎつつも、重々しくうなずく。
どこか覚悟を決めたような顔で言うことには――。
「笹原くんに長生きしてもらうためにも、早めに腕を上げる必要がありそうね」
「……どんな失敗料理を作る気なんだよ」
「このまえ卵焼きを作ったんけど、しょっぱくてじゃりじゃりして焦げ臭かったんだもん……あれはすっごく体に悪そうだったわ……」
「うん、今度一緒に練習しよっか……」
そんな会話をしつつも、カレー肉とカレールゥも回収完了。
ついでに福神漬けも放り込めば、カートの中はひと目で今夜のメニューがわかる状態となる。
「普通のカレーでいいの?」
「まあ、ほかにも色々簡単にできるのはあるけど……まずは定番メニューからってことで」
イメージしやすいメニューの方が、小雪も手伝いやすいだろう。
そういうわけで、必要なものはこれで全部揃った。
「ほかに何か買うものはあるかな」
「そうねえ……あっ!」
そこで小雪がなにかを思い出したとばかりにハッとする。
どこかはずかしそうにもじもじしながら。
「えっとその、お菓子も一緒に買っていいって、ママたちに言われてて……」
「そっか。じゃあ白金さんの好きなの選んでくれていいよ」
「ほんと? そ、それじゃ早く行きましょ、こっちこっち」
早足でお菓子売り場へ向かう小雪を、直哉はカートを押して追いかける。
目的のものはすぐに見つかったらしい。
小雪は喜色満面で、カラフルなパッケージを見せつけてくる。
「これこれ! あにまるビスケット!」
「……はあ」
メジャーなお菓子だ。動物の絵が描かれた一口大のビスケットは、直哉も小さいころよく食べていた覚えがある。
小雪はビスケットのパッケージをにこにこと見つめ、弾んだ声で言う。
「昔からこれが大好きなのよ。ウサギさんとかクマさんとか、描かれてる動物もかわいくて」
「…………うん」
「だから食べるのが可哀想になったりするんだけど、やっぱり美味しくてついつい食べすぎちゃうのよね……って、笹原くん。どうかしたの、なんだか難しい顔だけど」
「いや……ちょっと、いろいろと……耐えてる」
「……ほしいお菓子があったら、笹原くんも選んでいいのよ?」
人生でもトップクラスに入る萌えを噛みしめる直哉に、小雪はこてんと首をかしげてみせた。