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謎の紳士と喫茶店に

 そんなわけで、直哉は白金父(仮)に連れられて駅前の喫茶店に入ることとなった。

 個人経営の店のようで、落ち着いたクラシックが流れる店内にはまばらな客がモーニングを食べたり新聞を読んだりしている。


 今日はずいぶんゆったりした朝ではあるものの、ここは特に時間の流れが緩やかに感じられた。

 

「へえ……いいお店ですね」

「そうだろう。私の行きつけなんだ」


 ボックス席に入り、直哉はキョロキョロとあたりを見回す。

 すると紳士がますます笑みを深めてみせた。逆ナンから救い出されてからずっと機嫌が良さそうで、目尻に浮かんだ笑い皺は消えそうもない。

 とりあえず、この紳士が白金姉妹のお父さん……であることはまだ確定していない。


 なので直哉は内心、紳士さんと呼ぶことにしていた。

 

(そう考えないと胃が死ぬ……)

 

 なにをまかり間違えば、好きな子のお父さんと一対一でお茶することになるのだろう。

 運命の悪戯を大いに呪った。

 

「さあ、ここはケーキが絶品なんだ。なんでも好きなものを頼んでくれたまえ」

「あ、ありがとうございます。いやでも、おと……いや、おじさん」

「む、なんだね?」

「連れてきていただいてなんですが……おじさんはこの後の予定とか大丈夫なんですか?」

「なに……予定などないに等しいから問題はない」

 

 そこで紳士は初めて渋面を作ってみせた。

 二人分のケーキセットを注文してから、彼はテーブルの上で十指を組んで重々しく口を開いた。

  

「実は今日、娘のボーイフレンドが家に遊びにくるらしくてな」

「…………はあ」

「いったいどんな男か、一足先に駅まで確かめにきたんだ。顔も知らないが……娘と同じ年だというし、ちょうどきみくらいの少年だろう。探してみようと思ってな」

「た、大変ですね……」

「いや、これくらいの苦労はなんでもない。可愛い娘のためだからな!」

 

 紳士は熱っぽく語り、運ばれてきたコーヒーに口をつけた。

 間違いない。小雪の父だ。

 かろうじて付けていた(仮)マークが一瞬で吹き飛んだ。

 

(いやでも、本当に白金さんのお父さんだったら、このエンカウントは非常にまずいぞ……)

 

 直哉は人の考えていることがおおまかに分かる。

 それはもちろん、直哉に対する他人の好感度も読み取れるということだ。


 ベタ惚れの小雪――本人は真っ赤になって即座に否定とも肯定ともつかないことをしどろもどろで叫ぶだろうが――の好感度数値を、仮に百とする。

 そうすると、結衣や巽といった親しい友人たちは七十前後といったところだ。

 直哉に興味がないと限りなくゼロに近くなる。


 そして、目の前の紳士が直哉に対して抱く好感度は――。

 じーっと紳士の顔を見つめていると、彼はきょとんと目を丸くする。

 

「む。私の顔になにかついているかね?」

「あっ、いや……やっぱり外国の方はかっこいいなあ、と思いまして」

「はは、こんな中年を捕まえて嬉しいことを言ってくれるじゃないか」

 

 紳士は笑みを深めてから、直哉をまっすぐに見据える。

 

「本当にかっこいい男というのはだね、他人の窮地に手を差し伸べることのできる、きみのような男のことを言うものだ」

「はあ……」

 

 にこやかに語る紳士が直哉に抱く好感度。

 数値にすると――およそ七十五。

 そこそこ……いや、初対面にしてはかなり高いものだった。

 

(まずくないか!? 今のこれって、正体隠したまま取り入ってるようなもんだけど!?)


 気に入ってもらえるのはとても嬉しい。 

 だが、それはちょっとフェアじゃないような気がした。


(よし……言おう。正直に。娘さんと仲良くさせていただいております、って)

 

 直哉は決意を固めるが――ちょっと不安になって、ひとつ問いかけてみる。

 

「で、でも……それで娘さんのボーイフレンドが見つかったら、どうするつもりだったんですか?」

「ふっ……それはもちろん決まっているとも」

 

 紳士は鷹揚にうなずいて――盛大なため息とともに顔を覆って項垂れてしまう。

 

「…………たぶん、全力で逃げるだろうな」

「逃げるんすか!? なんで!?」

「だって仕方ないだろう! 娘のボーイフレンドなんて、どんな顔をしていいか分からないじゃないか!」

「は、はあ……」

 

 半泣きの紳士を前に、直哉はうろたえるしかない。

 グイグイ攻勢で仕掛けていくと見せかけて、土壇場で怖気付く――ものすごく、小雪との血の繋がりを感じさせた。

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