ナンパから助けるデジャヴ
女性ふたり組は、髪を染めていて化粧もばっちり。流行りの服に身を包み、いかにも今風の女子大生といった風貌だ。
一方、紳士の方は身持ちの固そうな出で立ちだった。後ろ姿しか直哉の方からでは見えないが、帽子を目深にかぶり、薄手のジャケットを羽織る。背丈も高く、どこか日本人離れした空気をまとっていた。
そんな紳士に、女子大生たちはグイグイ行く。
目は獲物を狙う肉食獣のそれだった。
紳士は彼女らに強く出ることができないのか、たじたじになるばかりで完全に押されていた。
(なんか、どっかで見た光景だな……)
先日、小雪をナンパから助けた光景が脳裏をよぎる。
あのときは男女逆ではあったものの……こちらも困っているのに変わりはなさそうだ。
だから直哉は小さく深呼吸してから、満面の笑みを作って彼らの元まで歩いていった。
「遅れてすみません、先生!」
「は……?」
声をかけると、紳士がきょとんと目を丸くする。
彫りが深く、目も青い。やはり外国人のようだった。戸惑う彼にはかまわず、直哉はにこやかに続ける。
「いやー、電車を一本乗り逃しちゃって。お待たせして申し訳ないです。さ、早く行きましょ」
「き、きみは……」
「うちの先生がすみません。それじゃ失礼します」
男性の手をぐっと掴み、その場から立ち去ろうとする。だがしかし、そのゆく手を女子大生たちが素早く遮った。
ふたりは新たな獲物をじろじろと検分し……ますます目を輝かせてみせた。どうやらお眼鏡にかなってしまったらしい。
「あら、きみも結構可愛いわね。高校生?」
「よかったら先生と一緒にあたしらと遊ばなーい?」
「えーっと、遠慮しときます。俺、好きな子がいるんで」
「そんな堅いこと言わずにさあ」
女子大生ふたりは意にも介さない。
わりとけっこうな美人さんたちなのだが……あいにく、直哉の守備範囲は小雪ただひとりだ。
(うーん、どうすっかなあ。あ、そうだ)
この場を切り抜ける策を思案したところ、ふと気付くことがあった。
ちょっと強硬手段ではあるものの、背に腹は変えられない。
直哉は髪色が特に明るい方へ、にこやかに話しかける。
「それよりお姉さん」
「あら? なにかしら」
「たぶんなんですけど……隣の人、お姉さんの彼氏のこと狙ってますよ?」
「……はあ?」
「なっ……!?」
突然なにを言い出すんだこいつは、といった反応だった。
だが、隣の女性はギョッとして見るもわかりやすく狼狽える。
「ど、どうしてそれを!? ひょっとしてこの前デートしたとこ見られたとか……!?」
「はあ……? あんた、ちょっとそれどういうことよ!?」
「ふんだ! トモくんがいるっていうのにビッチなあんたが悪いのよ!」
「ビッチはあんたもでしょーが!? ふざけんな!」
かくしてドロッドロの修羅場が無事に幕を開けた。
「よし、そんじゃ俺たちは失礼しますねー」
「き、きみはいったい……」
直哉は紳士の手を引き、笑顔でその場を離れるのだった。
ちょっと離れた場所まで移動すると、ようやく紳士が人心地ついたらしい。
ほうっ……とため息をこぼし、直哉に深々と頭を下げてみせた。
「いやはや助かった。しかし今のはどういうカラクリだ? 当てずっぽうにしてはずいぶん鋭い推理だったようだが」
「そんな大したことじゃないですよ。ちょっと人より勘がいいっていうか、なんていうか……あはは」
もう一方の方から片方に、揶揄するような思いがビンビン伝わってきたので、カマをかけてみただけだ。思った以上に綺麗に図星を突けたらしい。
(それより、このおじさん……初めて会った気がしないよな?)
直哉は改めて、紳士の顔をまじまじと見てしまう。
年齢は三十……いや四十代くらいだろうか。彫りの深い顔立ちに青い瞳。明らかに外国の男性だが、日本語が堪能でこちらに来て長いことが察せられる。
初めて見る顔だ。だが、決して赤の他人とは思えなかった。
うっすら確信めいたものを抱きつつ、直哉はぎこちない笑顔で片手を上げてみせた。
「そ、そんじゃ俺はこれで――」
「待ってくれ!」
踵を返そうとしたところ、紳士がむんずと直哉の手を掴んだ。
向けてくるのは、どこか縋るような眼差しだ。
「是非とも礼をさせて欲しい。このあと時間はあるかな? お茶でもご馳走させてくれ」
「い、いやいや、そんなのいいですよ! 困ったときはお互い様ですから」
「なんと……今時、きみのような慎ましい若者がいるのだな」
紳士は感極まったように小声でこぼし、恭しく帽子を脱ぐ。
その下から現れ出でたのは――透き通るような銀の髪だった。
彼はキラキラした笑顔で直哉に懇願する。
「頼む。恩を返せずじまいとあっては、悔やんでも悔みきれないだろう。ぜひとも私に、きみの時間を分けてくれないか」
「は、はあ……」
これは無下にする方が悪い気がした。
約束の時間よりだいぶ早く着いたので、紳士とお茶するくらいの時間は当然ある。だがしかし、重大な問題がひとつ――。
(この人…………絶対に白金さんのお父さんだよな!? 娘の彼氏候補をひと足先に偵察しに来たんだな!?)
自分の察しの良さを、直哉はちょっとだけ恨んだ。






