放課後デート
その日の放課後、正門前に行くと小雪がすでに待っていた。
帰路につく生徒たちでごった返す中、腕を組んだその立ち姿は非常によく目立つ。直哉はまっすぐそちらに向かった。
「悪い。待たせたかな」
「ふんっ、かまわないわ。言ったでしょ、借りを作るのは好きじゃないの」
小雪はつんと澄ました顔だ。
さすがに今は赤みも引いていた。
そのまま彼女はびしっと直哉に人差し指を突きつける。
ついでに向けるのは、まるで獲物を狩るライオンの目だ。仕留めんばかりの殺気が直哉を射抜く。
「お昼休みにあなたが言ったように、お礼がしたいのは本当。でも、それ以上の意図はないわ。けっして思い上がらないことね」
「えー。それは無理な話だろ」
その威圧をさらりと受け流し、直哉は肩をすくめる。
「こんな可愛い子と放課後デートするんだから。テンション上がらない方がおかしいだろ」
「かっ……で……!?」
小雪の顔が、また茹でタコのような真っ赤に染まる。
しかし今回は黙り込むことはなかった。ぷるぷる震えながらも、ふんっとそっぽを向いてみせる。
「ふ、ふん……おだてたって、無駄よ。それくらい私は言われ慣れているもの。ほんとに、どうってこと、ないんだから」
「え。でもめちゃくちゃ嬉しそうな顔してないか?」
「気のせいに決まってるでしょ! もうお店に着くまで会話禁止! わかった!?」
「難易度の高いデートだなあ」
「デートじゃないから! 黙ってついてきなさい!」
ぷりぷり怒りながら歩き出す小雪のあとを、直哉はおとなしく追いかけた。
周囲の生徒たちは、やはり生温かい目でそれを見送った。『猛毒の白雪姫』が男子生徒Aをデートに誘ったというのは、すでに学校中の噂になっていたからだ。
ふたりの通う大月学園は、市街地のただ中に存在する。
おかげで周辺には学生が立ち寄れるような格安のチェーン店が無数にあり、そのうちのひとつのドーナツ店に小雪はまっすぐ入っていった。
直哉も異論がなかったので彼女に続き、ドーナツとコーヒーのセットを注文。ふたり掛けのテーブルについて、小雪と正面から向き合った。
「……」
小雪はドーナツをじっと睨んだまま、微動だにしない。緊張していることが手に取るようにわかった。
「あ、先に食べていいか?」
「……」
小雪は黙ってうなずいた。
お許しが出たので、遠慮なくドーナツに手を伸ばす。育ち盛りの身に、間食の旨味がしみる。
じっくりその味を堪能していると――。
「あの……」
「うん?」
「あなた、やけに察しがいいみたいだけど……」
小雪はこちらの様子をうかがうように、ちらりと上目遣いをしてみせる。
「私がなにを言いたいか……わかってるんじゃないの」
「うん。もちろんわかるぞ」
直哉はドーナツを平らげて、指についた砂糖をペーパーナプキンでぬぐう。
「でも自分の口から言いたいんだろ。だから待ってる」
「そこまでわかるって……あなた読心術の心得でもあるわけ?」
「そんな大それたもんじゃない。ちょっと察しがいいだけだ」
「『だけ』ねえ……まあいいわ」
小雪は釈然としないようで眉を寄せていたが……しばらくしてから、小さくため息をこぼしてみせた。
そうしてぺこりと頭を下げる。
「昨日は本当に……どうもありがとう。助かったわ」
「うん。どういたしまして」
その素直なお礼の言葉を、直哉はあっさりと受け止めた。
お気に召しましたらブクマや下の評価でポチッと応援ください!
書籍発売までの7月半ばくらいまで毎日更新予定!