好きな子とひとつ屋根の下ふたりきり
小雪にも説明したが、直哉の仕事は桐彦の身の回りの世話だ。
掃除や洗濯はもちろんのこと、それには料理も含まれる。週に二、三回この家を訪れては作り置きのおかずを大量に作るのが常だった。
今回もひとまずエプロンを身につけて、その仕事に取り掛かる。
この家は桐彦の一人暮らしで、古民家を改築したものだ。佇まいは古めかしいが、キッチンなどは完全リフォーム済みで綺麗なシステムキッチンが備え付けられている。コンロも大盤振る舞いで三つだ。
溜まった洗い物を済ませた後、食材や調味料などを確認。そこから何品かのメニューを決める。
「えーっと、ゴボウのきんぴらに、小松菜の煮浸し、あとは切り干し大根かな……」
渋めのチョイスだが、これも桐彦の希望だ。女子力高そうな見た目のわりに料理はからっきしのため、できるだけ野菜が取りたいというリクエストを受けている。
「えーっと、醤油がそろそろないな……買ってきてもらうか」
野菜を準備しつつ、片手間にスマホで桐彦に連絡を投げる。
秒で既読マークが付き、すぐに返信が来た。
『りょうかーい☆』
アイコンがボリューム満点のパンケーキ写真なので、女子高生とやり取りしている錯覚を覚える。
とりもなおさず仕事に取り掛かろうとして……またメッセージが来た。
『ところで勢いのまま出てきちゃったけど、あたしの家でサカるのはやめてちょーだいね』
『しません』
そこは即座に否定しておく。
(くそっ……意識しないようにしてたのに……!)
今この家にいるのは、直哉と小雪のふたりだけ。
決していやらしいことをする気はないとしても、意識してしまうのは避けようがない。直哉とて奇人変人の自覚はあるが、それでも前提として普通の男子高校生だ。
好きな子とひとつ屋根の下。
……これはもう結婚と言っても差し支えないのでは?
(差し支えるっつーの!!)
くだらない自己ツッコミを入れてから、かぶりを振ってバカげた考えを振り払う。
「平常心……平常心……」
こういう時は単純作業が効果的だ。
ゴボウをささがきにしようと手に取ったところで――。
「すごい……笹原くんってお料理できるんだ」
「うおわっ!?」
急に背後から話しかけられて、びくりと肩が跳ねてしまう。
見れば隣の和室にいたはずの小雪が立っていて、並んだ野菜を物珍しそうに見つめていた。
「び、びっくりした……読書してたんじゃないのかよ」
「ちょうど半分読めたから休憩よ。ねえ、お料理できるの?」
「まあ、多少は……」
興味津々とばかりに尋ねてくる小雪に、直哉はおずおずとうなずいた。
海外に旅立つ前に、母親からあらかたの家事は叩き込まれていたし、自分でもあれこれ試行錯誤してレパートリーを増やしてみた。たまーに出来合いのものを買ったりもするが、基本は自炊だ。弁当はその残りを詰めている。
そう説明すると、小雪がますます目を丸くしてみせる。
「す、すごい……お弁当まで作ってたのね!」
「いやでも簡単なものしか作れねーよ? このゴボウだって普通のきんぴらにする予定だし」
「十分高水準よ……そうか、これが主人公キャラがよくやるという『俺またなんかやっちゃいました?』ってやつなのね……」
「それ誰の入れ知恵だよ」
「妹だけど?」
「うん、だと思ったよ」
家でどんな話をしているのか、非常に気になるところである。
しみじみと直哉がため息をこぼしていると、小雪はきょろきょろと辺りを見回してから……真面目な顔で口を開いた。
「ねえ、私もなにか手伝ってもいいかしら」
「へ? ああいや、別にいいって。俺はバイトだけど、白金さんはお客さんなんだし」
「だって笹原くんひとりじゃ頼りないんだもの。あなたってばボーッとしてるところもあるし。ちゃんとお仕事サボらずにいるか、私が見ていないとね」
「『こういうところでデキる女だってこと見せないとね! お料理は苦手だけど……頑張ってみせるんだから!』って?」
「うぐう……に、苦手ってこともバレるのね……」
しょんぼりと肩を落とす小雪だった。
先ほどから包丁を見る目に怯えの色が浮かんでいるし、その辺はすごくわかりやすかった。