桐彦の仕事とバイト内容
そうして桐彦は頰に手を当て、わざとらしくため息をこぼした。
「笹原くんって筋金入りの変人だから、あなたも苦労すると思うけど……悪い子じゃないからよろしくね、小雪ちゃん」
「はあ……他の人にも同じようなことを言われました」
「あら、結衣ちゃんとか、巽くんかしら?」
「ふ、ふたりをご存知なんですか?」
「だってよくこの店に遊びに来るもの。四人でゲームしたり、お茶したりするのよ」
「……へえ?」
のほほん、と笑って言う桐彦だ。
彼の言葉は事実で、月に一度くらいは結衣たちもここに立ち寄ってダラダラと過ごすことがある。ちょっとした部室のようなものだ。
そう説明すると、なぜか小雪がすっ……と表情を固くする。
「……笹原くん、ちょっといいかしら」
「へ、なに?」
小雪は急に改まって、正座で直哉に向き直る。
「お金をいただいている以上、しっかり勤めるのが人としての礼儀だわ。それなのに友達を連れ込んでサボるとか……それはすこし店長さんに甘え過ぎなんじゃないかしら」
「ど、毒舌じゃなくて単なるマジレスだ……!?」
しかもけっこう真っ当なマジレスである。
たしかにこの古本屋が道楽商売であるとは説明したものの、これだけでは単なる給料泥棒だ。
なので直哉は慌てて弁明する。
「いやあの。俺は店員としてじゃなくて、家政夫として雇われてるんだよ」
「へ?」
「桐彦さんと俺は遠縁の親戚でさ。で、この人の本業は在宅ワークだっていうのに、家事がからっきしなんだ」
「そうなのよねえ。あたしが料理すると、だいたい炭になっちゃうし」
あっけらかんと言ってのける桐彦だ。
万物を炭にするだけでなく、掃除や洗濯も溜め込み放題のずぼらっぷり。女子力高そうに見えて、家事スキルはマイナスに振り切ってしまっているのである。
「だから俺の仕事は家事全般。店の仕事はそのついでなんだ」
「そうなの……ごめんなさい。また誤解しちゃったわ」
「いや、いいよ。そういうところも白金さんのいいとこだと思うし」
しゅんっとする小雪に、直哉は笑いかける。
間違っていると思うことをキチンと指摘できるのは、簡単なことじゃない。誤解されたことより、そういう真っ直ぐさが嬉しかった。
そんな直哉たちを見て、桐彦が「やだ、スムーズにイチャついてるわ……若いっていいわねえ」なんてしみじみする。
「でも、おうちでできるお仕事って……パソコンを使ったりするお仕事なんですか?」
「そうよ。たまにすっごく忙しかったりするから、笹原くんには本当助かってるのよねえ」
桐彦はやんわりと苦笑してみせた。
実際、少し前まで修羅場でひどい有様だった。しかし桐彦はぱっと顔を輝かせてみせる。
「でも今日はちょうど暇なのよ! だからいっぱいガールズトークしましょうね、小雪ちゃん!」
「は、はい」
小雪はいくぶん固い面持ちでうなずいてみせた。
人見知りに合わせてオネエという未知との遭遇。キャパシティはそろそろ限界らしい。だから直哉はそっと助け舟を出すのだ。
「いや、桐彦さん。白金さんをここに連れてきたのはちょっとした理由があってさ」
「なによ、彼女を自慢したいんじゃなくて?」
「実は……」
直哉は自分の鞄をごそごそ漁り、一冊の本を差し出す。
小雪から返ってきた『異世界の果てへ』一巻だ。
「白金さん。昨日この一巻を読んで、めちゃくちゃ面白かったから……続きを読みたいらしいんですよね」
「…………」
その表紙を見た瞬間、桐彦がぴたっと真顔になる。
それをどう思ったのか、小雪はあたふたと付け加えるのだが――。
「あっ、でも、人様のお家に招待いただいたんですし、読書なんていつでも――」
「わかったわ」
「へ」
桐彦はすっくと立ち上がり……満面の笑みで、ぐっと親指を立ててみせた。
「あたし、これから少し出てくるから!」
「へ」
「だから小雪ちゃんはごゆっくりねえ。笹原くんは家事の方よろしく頼んだわよ!」
「はーい。行ってらっしゃいませー」
直哉の見送りを受けて、桐彦は風のように店を出て行った。
小雪はそれをぽかんと見届けたが……すぐにハッとして慌て始める。
「わ、悪いわよ! 店長さんのお家なのに追い出すみたいなことしちゃ……!」
「いいんだって。あの人もたまには外に出ないと」
直哉はへらへら笑うばかりである。
結果として追い出す形になってしまったが、これくらいはよくやる手だ。
「桐彦さん、放っておくと一ヶ月以上も家に篭りっきりになるんだよ。こうやって日の光に当てないと、季節も分からないとかザラなんだから」
「なんだか世捨て人って感じねえ……」
「そうならないように俺が雇われてるんだよ。ついでに足りない日用品とか買ってきてもらえばいいしな」
「笹原くんは笹原くんで、お母さんって感じだし」
小雪は不思議そうに首をひねる。
しかしすぐに気を取り直したようで、そわそわしつつ自分の鞄から二巻を取り出してみせた。
「そ、それじゃ読んでもいいかしら……? 実を言うとかなり気になるところで止まっちゃってるのよね」
「ああ、俺は向こうで仕事してるから。何かあったら声かけてくれよ」
「うん。ありがとう」
素直にうなずいて、小雪は本を開く。
その姿を見て、直哉はこっそりしみじみするのだ。
(やっぱツンツンしてるのも可愛いけど、素直になったらもっと可愛いよなあ……)
惚気以外のなんでもない。
ちょっとニヤニヤしつつ、台所周りの掃除に向かおうとして……「あっ」と気付くことがあった。
(今この家、俺と白金さんのふたりっきりじゃん……!?)