バイト先の店長に紹介する
直哉のバイト先は、商店街の片隅に存在する。
コンビニと小さなアパートに挟まれた一軒家。その正面には茜屋古書店と書かれた看板がかかっている。その名の通りの古本屋だ。
開いているのは平日朝十時から、夕方五時まで。
土日祝日はお休みだ。
店内はこじんまりとしており、壁一面の本棚には数多くの書物がびっしりと詰め込まれている。その奥には店員用のカウンター。さらにその向こうには店主の居住空間が続いている。
「あらあらあら、可愛いお客様ねえ! はじめまして!」
「は、はじめまし……て?」
そのカウンター前で――小雪は戸惑いつつも頭を下げる。
直哉も軽く会釈してみせた。
「そんなわけで連れてきちゃったんですけど、大丈夫ですよね?」
「もちろんよぉ。こんなお客様ならいつでも大歓迎だわ!」
カウンターの向こうで、店長は頰に手を当ててふんわりと笑う。
薄手のカーディガンにスキニーパンツ。顔立ちは整っており、垂れ目がちの目が印象的。
暗い藍色に染めた髪をひとつ括りにして、胸の前に垂らしている。年は二十三。
直哉が小雪に教えた通り『大人のお姉さん』という言葉がぴったりの人物だ。
店長は右手を差し出し、にこやかに名乗る。
「あたしの名前は茜屋桐彦! よろしくねえ、小雪ちゃん♡」
「は、あ……」
小雪はおずおずとその手を取った。
どうやらオネエキャラに会うのは初めてらしい。
そのままふたりは店の奥、四畳半の和室に通された。
ちゃぶ台を囲み、桐彦店長は手際よくお茶を淹れていく。和室だが、彼の好みによって紅茶である。
ついでにクッキーまで出してくれて、けっこうなもてなしだ。
「お、お店があるのにいいんですか……?」
「大丈夫よ、どうせ滅多に人なんて来ないもの」
戸惑いっぱなしの小雪に、桐彦はウィンクしてみせる。
その隣で直哉はクッキーを次々と口へ放り込んだ。
「ほら。だから言ったろ、俺と桐彦さんじゃフラグなんか立ちようないって」
「まあ、あたしこう見えても恋愛対象は女の子だしねえ」
桐彦はあっけらかんと笑う。
この通り、彼はれっきとした男性なのである。内面の性別が本当はどちらなのかは……直哉も詳しくはよく知らない。出会った当初からこのキャラクターだったし、とりあえずいい人ということだけは知っている。ゆえになんの問題もない。
ぱくぱくクッキーを頬張る直哉に、桐彦は目を細める。
「でも笹原くん、こんな可愛い子といったいどうやって知り合ったのよ」
「言いませんでしたっけ。こないだこの店の前でナンパされてたのを助けたんですよ」
「あら、いつの間に! いいわねえ、学園ラブコメの定番ネタじゃない」
桐彦は次に小雪へずいっと顔を近付ける。
「それで、付き合って何日目? 一ヶ月くらい?」
「い、いえ。私と彼は……その」
すこしばかり言い淀み、小雪は紅茶のカップをじっとにらむ。
そうしてから、凛とした表情を作って告げた。
「まだ……そういう仲ではありませんので」
「へえ、『まだ』ねえ……最高に青春って感じだわ!」
桐彦は満足げにカップを傾ける。
どうやら本格的に小雪をお気に召したらしい。だから直哉はちょっと不安になって、彼にじと目を向けてみる。
「言っときますけど、この子は俺のですからね」
「なっ……!?」
「そんなのわかってるわよー」
真っ赤になる小雪を見やって、桐彦はにこにこと手を振ってみせた。お幸せにーといったニュアンスだろう。