バイト先へ誘ってみる
「私、ライトノベルに間違った偏見を持っていたわ」
「おっ、わかってくれた?」
また中庭でお昼を食べていると、小雪が改まった調子で頭を下げた。
それに直哉は苦笑いを返すのだ。
どうやら小雪はあの一冊で、ライトノベルに対する認識をすっかり改めてしまったらしい。
「笹原くんが『えっち』なものを読んでるって早合点しちゃったのも……本当にごめんなさいね。失礼なこと言っちゃったわ」
「お、おう。いいってことよ」
直哉はぎこちない笑みを返してみせる。
(いやまあ、貸したのは普通のやつだけど……当然『えっち』な漫画とかラノベも読んでるんだよなあ)
小雪に勧められないような過激なラブコメも、当然所持している。男の子なのだから仕方ない。
だがしかし、それが好きな女の子にバレるのは絶対に阻止したかった。
ちょっぴり冷や汗をかく直哉に気付くこともなく、小雪はほうっとため息をこぼしてみせる。
「ほんとに胸躍る冒険活劇だったわ……とくに最初は主人公にツンツンしていたフランちゃんが素直になるところとか、もう、ほんと……あれが死亡フラグってやつだったのね……」
「あはは……どんまい」
しょんぼり沈んで顔を覆う小雪のことを、ネタバレをぐっと堪えて慰める。
一巻で死んだ……と思われているクーデレキャラがどうやらお気に入りらしい。自分と似ているから、シンパシーを感じているのかもしれない。
「それじゃ二巻も読む? そう思って持ってきてるんだけど」
「ありがたいけど、もう読んでる途中なのよね」
そう言って、小雪は二巻を取り出してみせる。
「妹が全巻持ってたの。やっぱり持つべきものは家族だわ」
「へえ。朔夜ちゃん、けっこういい趣味してるなあ」
「え、妹のこと知ってるの?」
「うん。昨日偶然出会ったんだ」
実際には拉致監禁されたのだが。それは黙して語らず、さらっと流しておいた。
小雪も深くツッコミを入れることなく、二巻の表紙を嬉しそうに撫でる。
「えへへ。休憩時間にちょっとずつ読んでるの。だから放課後にお話ししましょ」
「ああ、もちろ……あっ、今日はダメだ。バイトだった」
そこで直哉ははたと気付く。
今日は金曜日。バイトの日だ。そう伝えると小雪がへにゃりと眉を下げてみせる。
「あら、そうなの。それはちょっと残念ね……せっかくお話できると思ったのに」
小雪が視線を落とす先は、例のライトノベルだ。
そのタイトルを見て……直哉はぽんっと手を叩く。
「あ、でも逆にありかも」
「へ?」
「白金さんが俺のバイト先に遊びに来たらいいんだよ。そしたら話もできるだろ、店長も喜ぶよ」
「ええ……お仕事の邪魔しちゃ悪いわよ」
「別にかまわないって。店長が道楽でやってるような店だし」
直哉のバイト先は古本屋だ。滅多に客は来ないし、店の仕事といえばたまーにご近所のお得意様へ配達するくらい。
完全に儲け度外視で、店主がまっとうな社会生活を送るためだけに店を開けていると言ってもいい。
そう説明すると、小雪は首をかしげてみせるのだ。
「道楽のお店でバイトを雇うって変な話ね……いったいどんな人なのよ、そこの店長さんって」
「そうだなあ、一言で言えば……」
直哉は慣れ親しんだ店長の顔を思い浮かべる。
色々と属性過多な人ではあるものの、強いて言うなら――。
「大人のお姉さん、って感じかなあ」
「…………へえ?」
その言葉を発した瞬間、小雪の眉がぴくりと動いた。ついでにまとう空気がピリピリし始める。凛とした面持ちで小雪は静かに口を開いた。
「わかったわ。行きましょう。むしろ絶対連れてって」
「あ……いやでも、白金さんが思ってるような人じゃないから。俺と店長じゃフラグの立ちようがないっていうか、なんていうか」
「結婚されてるとか、彼氏がいるとか?」
「いや、どっちもないけど」
「じゃあ行く」
「はあ……俺は白金さん一筋なんだけどなあ」
「あなたはそうかもしれないけど、他の女の人がどう思うかわからないでしょ!!」
小雪はプンプン怒ってお弁当を食べ進める。
今のは素直になった結果か、追い詰められて口が滑ったのか。たぶん後者だ。
(うーん……だいぶ誤解されてるみたいだけど……ま、いいか。会ったらわかるだろ)
だから直哉もまた大人しく弁当を食べ進めるのだった。絶対にフラグが立つはずないと、会えばすぐに分かるはずだから。