大号泣されるとグイグイいけない
次の日は、朝からすこしどんよりした空模様になった。
駅の改札で小雪の姿を待ちながら、直哉はため息をこぼす。
「はあ……大丈夫かなあ、白金さん」
昨日いろいろとあったおかげで、彼女の身が心配だったのだ。
素直になるという宣言?
無駄に暗躍する白金会?
そんなものはまったく関係なく、もっと別の理由があった。
やがて電車が着いたのか、改札口に人が溢れ出す。その人混みが落ち着いたあと……むやみに目立つ銀髪が、よろよろとこちらに向かってくるのが見えた。
直哉は手を挙げてそちらに呼びかける。
「あ、白金さーん。おはよ」
「あっ……」
うつむいていた小雪が、はっと顔を上げる。
その顔にはどこか悲壮な色が浮かんでいたが……彼女はさっとクールな笑みを作ってみせた。
「おはよう……笹原くん」
「お、おう」
そんな普通な返答に、直哉は目を瞬かせる。てっきり『あら、今日も早いのね。そんなに私に会えるのが嬉しいのかしら。まるで飼い主を待つ犬よね』くらいの可愛い照れ隠しが飛んでくると思っていたのだが。
(宣言通りに素直になった……とかじゃないなこれ。単に元気がないだけだわ)
直哉は確信して――小雪に小声で尋ねてみる。
「昨日渡したあれ……読んでくれた?」
「っ…………!」
その瞬間、小雪の顔がくしゃっと歪む。次第にその目尻には大粒の涙がうかび始めて――。
「うっ、うっ……ささはらくうううん……!」
「げっ」
そのまま小雪は直哉の胸に飛びついて、えぐえぐ嗚咽を上げてしまう。
さすがにこれは予想外だった。いい匂いがして、あたたかくて柔らかく、おもわずぎゅうっと抱きしめたくなる。
だがしかし、ここは早朝の駅だ。
「なんだあれ。こんな朝から痴話喧嘩か?」
「若いって良いなあ……」
「ぐうっ……!」
サラリーマンたちの生温かい目が突き刺さり、直哉は断腸の思いで小雪の肩に手を置き、やんわりと体を離す。名残惜しいが仕方ない。
「いやあの、白金さん……落ち着こう……な?」
「うっ、うっ、こんなの、落ち着けるわけないでしょ……!」
ハンカチをそっと渡せば、小雪はぐずぐず涙を拭いながら鞄を漁る。そうして取り出したのは――昨日、直哉が渡した一冊の小説だった。
「なんで、なんで最後でフランちゃんが死んじゃったのよぉ……! こんなの、納得できないわよぉ……!」
「あー……やっぱりかあ……」
こうなるんじゃないかと思っていたので、直哉は天を仰ぐしかない。
ことの始まりは昨日に遡る。
一緒に帰る途中、小雪が本屋に寄りたいと言い出したのだ。
ちょうど直哉も買いたいものがあったので、二つ返事で了承。そのまま駅前の大きな本屋に行ったのだが……そこで小さな一悶着があった。
『……笹原くんの買いたいものって、それ?』
『そうだけど?』
直哉の持った本を見て、小雪は眉をひそめてみせた。
彼が買いたかったものとは、いわゆるライトノベルの新刊だった。表紙ではカラフルな髪色をした美少女たちが、体に見合わない物々しい武器を構えている。
タイトルは『異世界の果てへ』。ジャンルは異世界ファンタジー。
小雪はじとーっとした目で、その表紙を凝視する。
『うちの妹もけっこう読んでるけど……そういうの、え、えっちなイラストがあったり、えっちな内容だったりするんでしょ……?』
『いやまあ、そういうのも結構あるけどさ』
『ううう……し、仕方ないわよね……だって男の子ですもの、うん』
小雪は断腸の思い、といった調子で重々しくうなずいてみせた。
物凄い勢いで誤解されている。
だから直哉は慌てて弁明を始めた。
『これはそんなにエロくないし、話も面白いんだよ。漫画化もされてて、今かなり人気なんだから』
『でも、えっちなんでしょ……?』
『まあ……たまに肌色多めのイラストがあるけどさ』
いわゆる読者サービスというやつである。
疑わしげな小雪に、直哉は最終手段を取ることにした。鞄に入りっぱなしだったシリーズ一巻を取り出して、ずいっと突き出してみせたのだ。
『物は試しに。ほら、一巻貸してあげるから読んでみなって』
『……えっちな話だったら、そこで読むのをやめるわよ?』
『それでもいいから。騙されたと思って』
小雪はなおも疑惑の目で、おずおずとその本を受け取ってくれた。
直哉はほっと胸を撫で下ろす。
どうでもいいが、そう『えっち』を連呼しないでほしいなあ……と思いつつ。
(あ、でも一巻ってけっこう泣き所が多いけど……白金さん、大丈夫かなあ)
そんなふんわりした危惧を抱きつつ、そこで解散した。
そして――今朝である。
「ううう……面白かったけど、えっちな絵もあったけど、おもしろかったけど……なんでフランちゃんが死ななきゃいけないのよぉ……!」
「いやー……わかりやすくて可愛いなあ」
泣き続ける小雪をなだめて、ぼんやりと遠い目をする直哉だった。
ちなみに彼女が死を惜しんでいるフランちゃん、のちのち生きていることが発覚するのだが……それは伝えないのが人情ってものである。






