毒舌にもかまわずグイグイいく
次の日の昼休み。
学校の廊下を歩いていると、予期せぬ人物が直哉の前に立ちはだかった。
「あなたが『笹原直哉くん』よね。昨日はどうも」
腰まで届く髪は銀。宝石のようにきらめく瞳は海の色。
その面立ちは整いすぎていて、よくできたCGと言われても納得するほどだ。肌は透けるように白く、小さな唇からこぼれ落ちる声も鈴を転がすように澄んでいる。
ただし、こちらに向ける視線はやけに鋭い。
小柄なその体からは殺気がほとばしっており、腕を組んで仁王立ちするその姿は、まさに金剛力士像だ。
おかげで廊下に溢れるほかの生徒たちはざわざわする。
一緒にいたチャラめの男子生徒、河野巽も目を丸くして直哉に耳打ちした。
「おいおい直哉、おまえ……『猛毒の白雪姫』と何かあったのかよ?」
「ああ、うん。昨日ちょっとな」
直哉は鷹揚にうなずいてみせる。
あのときは顔を見なかったが……長い銀髪で、おそらく彼女だろうとは察しがついていた。
(ただ、こうやって再エンカウントするとは思わなかったよなあ)
彼女の名前は白金小雪。
直哉と同じく、大月学園の二年生だ。
容姿端麗かつ頭脳明晰、おまけにスポーツ万能というその評判は、別のクラスである直哉の耳にも届いていた。
ただし、どちらかというと広まっているのは賞賛だけではなく、悪名の方が多かった。
ぼんやりする直哉を前にして、小雪は淡々と告げる。
「昨日はどうもありがとう。お礼を言いそびれちゃったからわざわざ探したのよ。制服だったから、同じ学校だってことは分かったし」
「別にお礼なんていいのに」
「そういうわけにはいかないわ」
小雪はじろりと直哉をねめつけて、長い髪をかきあげてみせる。
「あの程度のことで、恩を売ったなんて思われちゃ困るもの。そうでなきゃ、この私がただの男子生徒Aにわざわざ声なんかかけるわけないでしょ」
「はあ」
完全無欠の美少女、白金小雪の唯一の欠点。
それがこの毒舌だ。
入学から一年あまりが経過して、これまで何人もの男子生徒がアタックし、その全員が彼女の苛烈極まりない口撃によってノックアウトさせられたという。
結果、ついたあだ名が『猛毒の白雪姫』。
「今日もキッツイなあ、猛毒の白雪姫……」
「ねえ……何があったか知らないけど、言い方ってものがあるよね」
ギャラリーたちも眉をひそめ、ひそひそと言葉を交わし合う。
だがしかし、小雪は目つきをさらに鋭くして続ける。
「昨日はたしかに少し怖かったけど……あなたが手を出さなくても、私ひとりでどうにかなったんだから。くれぐれも、白馬の王子さま気取りはやめてちょうだいね。私、借りを作るのは好きじゃないの」
「おお、わかった」
直哉はあっさりとうなずく。
彼女の言いたいことは、よーーーく理解した。
「つまり白金さんは俺にお礼がしたいから、放課後どこかに誘いたいんだな?」
「…………は?」
『…………はあ?』
小雪だけでなく、周囲の生徒たちも目を丸くした。
おおむね『何を言ってるんだこいつは』という反応だ。
だがしかし、すぐに小雪の様子がおかしくなる。一瞬で耳の先まで真っ赤に染まり、裏返った声を上げた。
「い……いったい何を言ってるのよ!? 今の私のセリフを聞いて、どうしてそんな結論になるわけ!?」
「いやだって、わかりやすいから」
直哉はあっさり告げるしかない。
「『怖かった』ってのは本当だろ。あとはほとんど強がりだ」
「っ……!」
「で、『借りを作りたくない』ってのも本当だけど、ちょっとニュアンスが違う。本音は『お礼がしたい』だ」
そして、昼休みもそろそろ終わる。
小雪が本当にお礼がしたいと思っているのなら、放課後しか時間はないだろう。
これくらい、小雪の口ぶりや態度、状況などを鑑みれば誰にでもわかることだった。
ぽかんと言葉を失う小雪に、直哉はつらつらと畳み掛ける。
「今日はちょうどバイトがないんだ。部活もやってないし、放課後は空いてる。白金さん、どうする?」
「だ、だから、私は……うっ、ううう……!」
小雪はぷるぷると震え、俯いてしまう。
そのまましばらく待ってみれば……彼女はぼそぼそと小声でこぼす。
「あの、もしよかったら…………で、待ってるから……だから、その……」
「うん。わかった、放課後に正門前で待ち合わせだな。了解」
「なんでちゃんと聞こえるのよ!? そこは普通、聞こえなくて聞き返すってのがセオリーじゃなくって!?」
「いや俺、生まれてこのかた聴力検査で引っかかったことないからさ」
「ぐううっ……! こ、この……!」
「この?」
「笹原くんの……健康優良児ぃぃぃぃ!」
褒めているとしか思えない捨て台詞を残し、小雪は真っ赤な顔のまま逃げ出してしまった。
「……白金さんって、案外……」
「ねえ……」
「可愛いところもあるんだねえ……」
彼女が消えた方へと、ギャラリーたちは生温かい目を向ける。
そんななか、友人の河野がぽんっと直哉の肩を叩いた。
呆れたような、笑いを堪えるような顔で言うことには――。
「おまえのその読心スキル、今日も絶好調だな」
「これくらいみんなわかるだろ?」
直哉は不思議そうに首をかしげるだけだった。
これはやたらと察しのいい少年が、毒舌クーデレ少女に完勝を続ける物語。
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