進路について
お待ちかねの週末がやって来て、直哉は約束通りに白金邸へとやって来た。
手土産は道中で買い求めたケーキだ。このあたりでは有名な店で、直哉が覗いたときには並んでいる客も多かったものの、無事にリクエストされた品を買い求めることができた。
玄関で出迎えてくれた小雪に、その箱を笑顔で手渡す。
「お招きありがと。これ約束のケーキな」
「どーも……」
小雪は低めのテンションでそれを受け取った。
中身を確かめることもなく、小さくため息までこぼす始末。ハードワークですり減った社会人のような疲弊ぶりだった。
靴を脱いで上がりつつ、そんな小雪にツッコミを入れる。
「暗い顔してどうしたんだよ。彼氏が泊まりに来たってのに嬉しくないのか?」
「直哉くんなら理由なんて分かりきっているでしょうが」
ギロリと睨め付ける眼力は鷹のよう。
しかしその気迫も長くは続かず、小雪は頭を抱えて苦悩する。
「この前すっぱ抜かれた新聞記事のせいで、直哉くんが泊まりに来るのを学校のみんなが知っているのよ……! また週明けにからかわれるのは必至だから!」
「もう諦めたらいいのに」
直哉は肩をすくめて言うだけだ。
あの新聞記事が出てから、自分たちを見る目はますます生温かくなった。
教師生徒問わず、みんな「仲良いなあ」とほのぼのしている。新婚夫婦というよりも、近所で有名な熟年おしどり夫婦に向けられるものに近い。
幾分くすぐったいものの、直哉はすっかり慣れてしまっていた。
他の男子から向けられるやっかみの目も、心地いいアクセントだ。
しかし、小雪はいまだに受け入れられないらしい。髪を振り乱して悶え苦しむ。
「ううう……卒業までこの羞恥プレイに耐えなきゃいけないなんてあんまりよ……! 私は前世で何かとんでもない悪事をしでかしたの……?」
「そういうことなら現世の罪じゃないかなあ。俺を骨抜きにするって悪事を働いてるわけなんだし」
「やかましい! そういうところがムカつくのよ!」
うがーっと掴みかかって、わんわん吠える小雪である。
直哉は微笑ましーく受け入れていたのだが――。
「まだうだうだ言ってるの、お姉ちゃん」
「なーん……」
冷え切ったツッコミが降りかかった。
見ればリビングから朔夜が覗き込んでいる。
足元のすなぎもと呆れたように目配せしてから、やれやれとかぶりを振った。
「現状を受け入れなよ。なんだかんだ言いつつも、お義兄様が泊まりにくるのを楽しみにしていたくせに」
「は……はああ!? 楽しみになんてするわけないでしょ!」
小雪は真っ赤な顔で否定して、ふんっとそっぽを向く。
「今夜はパパとママが留守だから、ボディーガードとして仕方なく呼んだだけだもの」
「最近この近所で、空き巣の被害があったんだよな? そりゃお義父さんたちも、姉妹だけ残すのは心配するもんなあ」
「そういうこと。お爺ちゃんも帰っちゃったしね」
ふたりの祖父、ジェームズは先日祖国に戻ったばかりだ。
死期を悟って身辺整理をしていたものの、余命診断がでっち上げだと判明したからだ。
それがしかもライバル会社の差し金だとかで、いろいろと片付けなければならない問題が山積みらしい。
「お爺さんもいろいろ大変だよな。ま、俺の親父が手を貸すみたいだし、またすぐ日本に帰ってくるんじゃないか?」
「そのつもりみたいよ。あっという間に終わりそうって連絡が来てたわ」
「あはは、平和で何よりだよ。とりあえず親父に泊まるって連絡しとくな。ちょっと報告しとくこともあるし」
ほのぼのと笑いつつ、手早くスマホで法介に向けてメールを打つ。
それを送ってから先日、ジェームズから来たメールを見せた。
「そうそう、そのお爺さんからも『孫たちをよろしく』って頼まれたよ。やっぱり気になってたみたいだな」
「最初はあれだけ直哉くんを敵視していたのに、現金なものよねえ……」
小雪は盛大なため息をこぼしてみせる。
そうかと思えばびしっと直哉に人差し指を突きつけて、居丈高に言ってのけた。
「とにかく直哉くんを呼んだのは安全のための保険なの。仕方なくなの。だから、楽しみになんてしてません」
「えー。ほんとにー?」
それに朔夜がツッコミを入れた。
口元に手を当てて、淡々と突きつけることには――。
「噂されるのが嫌なら、そもそも夏目先輩とかに頼み込んで泊めてもらえばいいはず。それをしなかったのは、みんなから囃し立てられることよりもお義兄様との泊まりを優先したからに他ならない。違うの?」
「うぐっ……だ、だって結衣ちゃんのところに泊まったら、朔夜がひとりぼっちになっちゃうでしょ。私は妹を見捨てるような薄情な姉じゃないんだから」
「あいにく、そうなったら私も友達を頼った。その逃げ道は通用しないよ」
「ううぐぐぐぐぐ……!」
妹に完全敗北を喫し、小雪は真っ赤な顔でプルプルと震える。
少し可哀想だが、これはこれでいつも通りで可愛かった。
「まあまあ、朔夜ちゃん。小雪を虐めるのはその辺にしといてくれよ」
「お義兄様は受け入れすぎだと思う。照れ隠しなのは明らかだけど、言われっぱなしで嫌じゃないの?」
「いや、だってさあ……」
直哉は頰をかいて苦笑する。
たしかに傍目から見れば、小雪から八つ当たりされているように映ることだろう。
だがしかし、直哉はしっかり幸せだった。
「小雪は昨日の夜からあちこち掃除して、俺が泊まる予定の和室の布団もしっかり干してくれたんだろ? 朝から身支度に時間をかけたし、俺が来るのを待って三十分くらい前から玄関でそわそわ待機してくれてたみたいだし……やっぱそういうのに気付いたら、愛されてるなあってしみじみしちゃってさ」
「キィーー! そういうのは気付かないふりするのが礼儀ってものでしょうが!」
「あはは、ごめんごめん。その髪のリボンも新しいやつだよな、よく似合ってるよ」
「へ……!? う、うう……別に、あなたのために下ろしたわけじゃないし! ふんだ!」
胸ぐらを掴んできたかと思いきや、わたわたと髪をいじって赤くなり、そのままヤケクソのようにそっぽを向く。
一連の流れが完璧だった。
おかげでますます直哉はデレッと相好を崩してしまう。
そんなバカップルを前にして、朔夜はすっとカメラをかまえるのだった。
「やはりレベルの高いイチャイチャ。これはまた先生に良質なネタを提供できそう」
「ええい、どいつもこいつも私をネタの宝庫だと思ってぇ……!」
先日の記事をまた思い出したのか、小雪が真っ赤な顔でぷるぷる震えた。
身内にエンタメとして扱われることにはまだ納得がいかないらしい。
ともかく立ち話もなんだということで、そのあとリビングに通された。
すでにお茶の用意は万端で――直哉が一度好きだと言った茶葉なので、小雪が準備してくれたことは明らかだった――買ってきたケーキをつつきながら、三人揃ってのティータイムとなった。
直哉が椅子に座ると、さっとすなぎもが膝に乗ってくる。
「うなー」
「おお、すなぎもも出迎えありがと」
高らかに挨拶してくれたすなぎもの頭を撫でて、持ってきたお土産を進呈する。
「すなぎもにもお土産があるんだよ。はいこれ、新しいおもちゃ」
「うなん!?」
真新しいボールを取り出せば、すなぎもの目がまん丸になった。
直哉の膝の上でボールにしばしじゃれついて、それからまたすっくと立って大きな声で鳴く。
「なんななーん!」
「ははは、礼なんていいってば。大事な友達の頼みだし、当然のことだろ」
「なーん……」
すなぎもは神妙な顔で低く鳴いて、すたっと直哉の膝から下りる。
そのまままっすぐ小雪のもとへ向かって諭すように真顔で鳴いた。
「なんななん」
「すーちゃんが真摯な目で訴えかけてくる……なんて言ってるの?」
「『いいオスを捕まえたな。逃がすんじゃないぞ』だってさ」
「うちのペットを買収しないでちょうだい!」
「なーう!」
小雪は思いっきり顔をしかめて、土産のボールをぶん投げる。
すなぎもは目をカッと見開いて猛ダッシュでそれを追いかけていった。
じゃれつく愛猫を横目に、朔夜はうんうんとうなずく。
「すなぎももすっかりお義兄様に懐いちゃったね。もう家族の一員かも」
「彼氏が気に入られるのはいいことだけど……あまりにも距離が近くて複雑だわ」
「まあこれだけ入り浸ったらなあ」
直哉は頬をかいて苦笑する。
すなぎもは最初からわりと歓迎ムードだったが、意思疎通がなんとなく図れたころからはますます距離が縮まった。そもそも毎週のように遊びに来ているのだから家族判定も当然だ。
そんなことを説明しつつ、直哉は軽く頭を下げる。
「入り浸ってはきたけど……泊まりは初めてだし、今日はお世話になります」
「ふふん、それはあなたの働き次第ね」
小雪は鼻を鳴らして不敵に笑う。
「お客様だからっておもてなしされるとは思わないことね。今日のあなたはボディーガード代わりなんだから」
「もちろん手伝いはするよ。このまえ小雪だってうちの風呂を掃除してくれたしな」
先日、いろいろあって小雪が直哉の家に泊まることになった。
あのときは風呂や夕飯の支度を手伝ってもらった。そのお返しをするときが来たというわけだ。
「とりあえず夕飯は約束通りアレな。あとで準備しようか」
「やった! とびきり豪華にしましょうね」
「アレ?」
小首をかしげる朔夜に、小雪はどこかいたずらっぽく笑う。
「ふふふ、できてからのお楽しみよ」
「……そう。なら期待してる」
朔夜は淡々とうなずいて、そっと紅茶に口を付けた。
そうしてほうっと息を吐いてから今度は直哉の顔をうかがう。
「でもさっきの話じゃないけど、本当に私、今からでも友達の家に泊まりに行けるよ? お邪魔じゃないの?」
「お邪魔も何も、ここは朔夜ちゃんの家だろ」
直哉は肩をすくめるばかりだ。
「義理の妹と親交を深めるいい機会だし、気にしないでくれよ。むしろ姉妹の間に俺が割り込むことの方が場違い感あるっていうか……」
「その辺はお気になさらず。推しを間近で観察できる特等席みたいなものだし」
「あなたは相変わらずよねえ」
カメラをすちゃっと構える朔夜だ。いつも通りの平常運転である。
そんな妹に、小雪は呆れたように目をすがめる。
「仮にも同世代の男の子が泊まりに来たのよ。もっと拒否反応を示すかと思ったのに」
「だってお義兄様はもう親戚みたいなものだし」
「ええ、パパとママも同じ反応だったものね……まったくうちの家族ときたら」
小雪は額を押さえて呻く。
どちらも直哉を信頼しているので即断即決だったらしい。
(いやあ、ご家族の信頼を得るのがほんと異様に順調だったもんなあ……)
朔夜から始まって、直哉は白金家の全員からあっという間に気に入られた。
今ではもうすっかり婿扱いだ。
先日結婚式もどきを上げてからは、それがますます進んだ気がする。
しみじみする直哉とは対照的に、朔夜はどこかいたずらっぽく続ける。
「それに、ふたりとも今年は受験でしょ。こうして一緒に遊べるのも後わずかだし、今のうちにたっぷり堪能しないと」
「じゅ、受験かあ……」
「うう……嫌なことを思い出させないでよ」
「事実を述べたまでです」
青くなるふたりとは対照的に、朔夜はふふんと鼻を鳴らす。
先日高校二年生になったばかりなので、朔夜にとっては受験など遠い未来のことなのだろう。
当事者の直哉と小雪にはそうもいかない。
げんなりと顔を見合わせて、ふたり同時にため息をこぼす。
「たしかに、今年はあんまりデートもできないだろうなあ」
「夏期講習があるし、プールも海もお祭りにも行けないかもね……ほんっと空虚な年になりそうだわ」
「優等生の小雪でも、勉強漬けはやっぱり嫌なんだな」
「そんなの当たり前でしょ。はーあ……結衣ちゃんたちとの女子会も頻度が減りそうだわ」
しょんぼりと肩を落とす小雪である。
最近になって女子たちの輪に入れてとても喜んでいた。その矢先に受験という試練が立ちはだかるのだから、余計に気が重いらしい。
直哉も直哉で当然思うところはある。せっかく両思いとなった彼女と青春できなくなるのは残念だし、合格へのプレッシャーもひしひしと感じるところ。
直哉は大きくため息をこぼしてから、朔夜にちくりとやっておく。
「そういう朔夜ちゃんも来年は当事者だからな。覚悟しておけよ」
「心得ています。ところで、そんなお義兄様はどこを受験するの?」
「あれ、教えてなかったっけ?」
とはいえ志望校を確定させたのは最近だ。
自分としてはかなり悩んだし、担任からはかなり頑張らないと厳しいとまで言われている。
それでも腹は決めていた。だから直哉はいっそ堂々とその言葉を口にした。
「小雪と同じ大学だよ」
「へ」
朔夜が珍しく目を丸くした。
その反応に、直哉はぎくりとする。
(あ、まずい流れになる……)
たったそれだけのわずかな反応に、この先の展開が嫌というほどに読めてしまった。
続きは明日更新。
6/7にコミカライズ二巻、6/14に原作六巻発売予定!






