縁結び
京都は言わずと知れた、国内外から人気の高い観光地だ。
純和風建築がずらりと並ぶ大通りには、今日も今日とてうららかな日差しが降り注ぐ。
浴衣で着飾った女子たちが集団で写真を撮ったり、リュックを背負った外国人がガイドブック片手におぼつかない日本語を練習していたり――そんな光景がそこかしこで見受けられる。
日本文化を楽しむことのできるテーマパークといったところだ。
しかし少し路地裏に足を踏み入れれば、また違った景色が広がっていた。
古民家を改造したカフェや、お洒落なパン屋さんなどなど。そうした店が建ち並び、ぶらぶらと歩くだけでも十分に楽しめる。
「ふわあ……お、美味しそう!」
通りかかったカフェの前で立ち止まり、小雪はごくりと喉を鳴らす。
看板に書かれているのは山のように盛られた抹茶パフェだ。
三角錐形のガラス器の中に抹茶アイスと小豆が詰め込まれ、上にはソフトクリームにわらび餅、白玉団子にカステラ、マカロンに栗……などなど。これでもかと盛りに盛られている。
「女子はすごいなあ……」
直哉は見るだけで胸焼けしてしまうが、小雪には特攻らしい。
カフェの中をちらっと覗けば空席もちらほらあるらしい。
看板を示し、小雪に提案してみるのだが――。
「どうする? 俺としては付き合ってもかまわないんだけど」
「ううん……後にするわ」
小雪は断腸の思いとばかりに、重々しくかぶりを振った。
ちらっと時計を確かめて険しい顔をする。
「みんなとの合流時間に間に合わなくなったら悪いし。先に目的を済ませちゃいましょ」
今日は修学旅行の三日目だ。
二日目は直哉らも結衣たちと一緒に京都の観光名所を回ったが、本日はふたりだけ別行動となっている。
「そういやさっきメッセージが来てたな。あいつらも楽しくやってるみたいだぞ」
「ほんと? 見せて見せて。今日はニンジャパークだったわよね」
急かされるままにスマホを取り出して操作すれば、画面一杯に浮かれた写真が表示される。
結衣たちが向かったのは忍者をテーマにしたアトラクション施設だ。忍者装束で大規模なアスレチックを楽しめるとあって外国人観光客から熱烈な支持を集めているらしい。
写真の中では一同がニンジャ装束でポーズを決めている。
中でも日本かぶれのアーサーが一番楽しんでいるようで、背景に写る子供より目がキラキラしていた。
そんな微笑ましい写真の次には、忍者猫のグッズが写っていて――アーサーにも負けないくらい、小雪が顔を輝かせる。
「これはニンジャパーク限定のにゃんじろーのグッズ……! 頼んだ通りに買ってくれたのね、恵美ちゃん! さすがだわ!」
「どこにでもいるな、こいつ……」
行く先々でグッズが売られているので、だんだんと怖くなってきた。
そんな直哉のかわりに小雪がスマホを操作する。
「あ、メッセージだ。なになに……?」
写真に添えられていたのは簡潔な文面で。
『縁結び神社はもう着いた? しっかりお祈りしてきなよね! by結衣』
『そこすっごい効き目らしいから! ふたりともお幸せにねー! by恵美佳』
「…………」
それを見て、小雪がぴしっと固まった。
すぐに顔を真っ赤にしてあたふたと否定の言葉を叫ぶ。
「ち、違うし! ただ私は歴史的建築物に興味があって……!」
「諦めろ、小雪。バレバレなんだから」
そんな小雪の肩を、直哉はぽんっと叩いて励ました。
別行動の理由はこれである。有名な縁結び神社にふたりで参拝するためだ。
◇
抹茶パフェのカフェに別れを告げて、そのまま続く裏路地を歩いていく。
しばらくすると店も減り、古い民家が建ち並ぶ下町風情漂う景色が続いた。
すれ違うひともなく、表通りの喧噪もまったく届かない。
時が止まったような路地には、ふたりの足音だけが響く。
小雪はぷんぷんと怒りながら、石畳を踏みしめる。
「まったくもう……みんな失礼しちゃうわね。私がそんな浮ついた神頼みをすると思うのかしら」
「うんうん、そうだな」
「古い神社で雰囲気が良さそうだから、気になってただけなんだから。直哉くんは無関係に決まってるじゃない。ほんっと先入観って困ったものよね」
「うんうん、分かる分かる」
「さっきから相槌が適当すぎない……?」
小雪は射殺さんばかりの眼光で直哉を睨む。
声を張り上げなかったのは、周囲に民家が多いから気を使ったらしい。
そんな小雪に、直哉はへらりと笑う。
「でも、たしかに御利益はあるみたいだぞ。さっき調べたら、由緒正しい神社だって書いてあったし」
「ふん、それくらいすでにリサーチ済みよ」
小雪はつんっと澄ました顔で薄く笑う。
クールを装っているものの、声は期待で弾んでいた。
「悪縁をバッサリ断ち切って良縁を結ぶって評判なんだから。もしも今いいご縁に恵まれているのなら、それをがっちり強めてくれるっていうし……全国から参拝客が訪れるのよ。ほら見て、この記事」
「どれどれ」
小雪が差し出したスマホには神社を取り上げた記事が表示されていた。
そこには参拝客の喜びの声がたくさん取り上げられている。
恋人ができただの、就職が決まっただの、といったよくある体験談が序盤は並ぶ。
しかし後半にいくにつれて風向きが怪しくなる。死んだお婆ちゃんに会えただの、未来の自分を見ただのといった怪しい話がいくつもいくつも続いていた。
これには直哉も半笑いだ。
「さすがに後半はオカルトだろ」
「それは私も思うけど。とにかくすっごく効くのは確かみたいよ」
「それじゃあ、今日はしっかり神様にお願いしないとな」
「つ、ついでにね。メインの目的は神社の見学だから」
ほんのり頬を赤らめつつも、まだ建前を口にする小雪だった。
そうかと思えば、ふと眉を寄せつつ直哉の顔を覗き込む。
「そういえば……直哉くんって神様とか信じてるわけ?」
「まあ、一般的な日本人レベルには。初詣は毎年家族で行くしな」
お賽銭を放り込んでお祈りをして、おみくじを引く。
笹原家の毎年の恒例行事だ。
「でも、そこまで本気で信じてないかなあ。いるかどうか分からない神様より、生きてる人間に頼った方がよっぽど手っ取り早いと思うし」
「あなたはやっぱり現実的よねえ……」
そんな話をする間にも、ふたりはどんどん路地を進んでいった。
空き家や空き地が増え、ますます人の気配がなくなっていく。不安になって地図を確認するも、どうやら道は正しいようだった。いくつもの曲がり角を曲がり、人とすれ違えないような細道を歩く。
やがて――小雪が足を止め、ぱっと顔を輝かせた。
「あった! ここだわ!」
「へえ……けっこう小さいんだな」
静まり返った裏路地のただ中に、ひっそりと佇む鳥居があった。
朱色に塗られたよくあるものではなく、石造りの無骨な代物だ。
その奥には木立が続いており、さわさわと葉音を立てる。路地と同じく、ここも人気はないものの――それ以外の何かがいるような、不思議な気配がかすかに漂っていた。
(これはたしかに雰囲気あるなあ……御利益あるのは本当かも)
信仰心の薄い直哉ですら、そう直感するほどの空気だった。
小雪も少し気圧されたらしく、鳥居を見上げてぼんやりしている。しばしふたりは無言で立ち尽くしていたものの、ほとんど同時にはっとして顔を上げる。
「よし……行きましょうか、直哉くん」
「お、おう」
直哉もおずおずとうなずいた。
かくしてふたりはその神社に足を踏み入れる。
鳥居をくぐったその瞬間、ざあっと強い風が吹いた。木の葉がひらひらと舞い落ちて、石畳に落ちる音を響かせる。それくらい静かな場所だった。
木々と狛犬の並ぶ参道を抜けると、小さな拝殿があった。
賽銭箱も鈴も色あせており、年月の経過を感じさせる。
そのすぐ側の社務所は閉まっていて、料金札のついたおみくじと絵馬が無造作に置かれている。どうやら常駐する神主はいないらしい。
それでも手入れ自体はされているらしく、どこもかしこも綺麗に掃き清められていた。そこかしこの木々におみくじや絵馬が括り付けられているしで、圧巻である。
静謐と呼ぶに相応しい空気が満ちる中、柏手を打つ音がふたり分響く。
ちらりと隣をうかがえば、小雪は手を合わせて真剣に拝んでいた。
だから直哉も、柄になく心を込めてお祈りする。
(……小雪とずっと一緒にいられますように)
参拝をしっかり終えたあと、ふたりはおみくじを引いてみることにした。
手水舎のそばにベンチがあったので、そこに腰を下ろしてせーので開く。
その途端、小雪がぱあっと顔を輝かせた。
「やったわ、大吉よ!」
「お、奇遇だな。俺もだ」
直哉も大吉のくじをひらひらと翳す。
神様同様、占いもそれほど信じてはいないが、小雪とおそろいなのが嬉しかった。
ほっこりする直哉をよそに、小雪はおみくじの文章を真剣に読み込む。そうして不可解そうに首をひねるのだ。
「『待ち人来る』ですって……どういうことかしら」
「聞かれてもなあ。俺も同じだけど」
「うーん。待ってたお爺ちゃんは日本に来ちゃったし……あっ、この前応募した、にゃんじろーの激レアグッズが当たったりして!?」
「そしたら次はお礼参りに来ないといけないな」
ふたりはしばしそのまま、おみくじの文言を読み解こうと模索する。
ほとんどは抽象的なことばかり書かれていたものの、直哉の方には『口は災いの元』、小雪の方には『自然体で』などと、とやけに的を射た言葉が並んでいた。
そうする間にも不思議と他の参拝客は訪れなかった。
続きは明日更新します。修学旅行編後半。
五巻は12/14発売です!是非ともよろしくお願いします。今回もふーみ先生のイラストが破壊力満点!






