誕生日プレゼント
そして、それから二週間後。
誕生日当日、直哉は小雪のバイト先を訪れていた。小雪は朝からバイトで、ランチタイムが終わってしばらくした後が退勤時間だった。
客足も落ち着いて、店内にはゆったりした空気が流れている。
席に通されてしばらくすると、私服に着替えた小雪がやって来た。
「おつかれ、小雪」
「……ええ」
正面に座る小雪の面持ちはかなり暗い。
憔悴していると言っても過言でないやつれっぷりだ。
アルバイトがそれほど過酷だった――というわけでもないことを、直哉はしっかり見抜いていた。見抜いた上で黙っていると、小雪が耐えかねたように切り出す。
「あの、今日はあなたの誕生日じゃない……?」
「うん。そうだな」
今日はここで待ち合わせをして、誕生日プレゼントをもらってデートに出かける約束だ。
付き合って初めて迎える誕生日。
言うまでもないが、特別な日である。
それなのに、小雪の顔色は深刻なものになっていた。完全に血の気の失せた手でわなわなと顔を覆い、震える声を絞り出す。
「誕生日……一ヶ月後ってことにできないかしら」
「無茶を言うな、無茶を」
可愛い彼女のワガママにも、限度というものがある。
直哉がきっぱりノーを突きつけると、小雪はわっとテーブルに突っ伏して泣き言を叫んだ。
「そもそもが無茶な話だったのよ! こんなの作るの初めてだし、気付いたらもう当日なんだもん! あまりにも時間が足りなさすぎる……!」
「納期が近いのは元々分かってたはずだろ」
「納期って言うな! そんな作業的なやつじゃなくって、彼女の手作りプレゼントなのよ!?」
「まあまあ。とりあえず甘いものでも食べて落ち着け」
八つ当たり気味に噛み付く小雪を、さらっといなす。
そのついで、アイスクリームを注文しておいた。
届くころには小雪も落ち着いて、秋限定焼き芋アイスをちびちびと口へと運びはじめる。
それでも表情は浮かないままだ。地の底から響くような声で、恨み言をこぼす。
「今日が来るまでに分かってたはずでしょ……私が満足いく完成品を用意できないことくらい」
「まあそりゃ、毎日あれだけ思い詰めていたらな」
小雪は誕生日プレゼントに悩み続けていたが、あれこれ検討してようやくうってつけの品を見つけた。それで毎日作業に励んでいたのだが……日に日にその顔が険しくなっていった。
直哉でなくとも進捗が芳しくないのだろうと察しが付くような有様だった。
「なんせ、締め切り前の桐彦さんとまったく同じ死相が浮かんでたし」
「ううう……やっぱり察されてるし」
アイスを平らげて、小雪はがっくり項垂れる。
テーブルに顔を伏せたまま、ぽつぽつとこぼす。
「でも、そういうわけなのよ……大見得切った手前、こう言うのはとっても申し訳ないんだけど……できたら来月まで待ってもらえると嬉しいの。ダメ……?」
「うん。ダメ。待ちたくない」
直哉はにっこりと断言する。
別に完成を大人しく待つことくらいは何でもない。
だがしかし、この場合はまったく話は変わってくる。
「ちゃんとプレゼント自体は出来上がってるんだろ。だったら俺はそれがほしい」
「うぐうううっ……」
小雪はねじり絞られるヒキガエルのような声を上げる。
そうして覚悟を決めるようにして、カバンからラッピングした品を取り出した。包装紙もリボンも、先日の手芸屋で買い求めていたものだ。
それを胸にぎゅうっと抱きしめ、小雪はなおも苦しげに声を絞り出す。
「一応できた、けど……不恰好だし、編み間違えたところも多いし、段もガタガタだし……」
そこでそっと上目遣いにうかがって、不安げにこぼす。
「正直言って失敗作、なんだけど……それでも欲しいの?」
「欲しい。小雪が一生懸命作ってくれたプレゼントなんだろ」
「……プレゼントって言えるような品じゃないわよ」
「それなら、また来年も作ってくれよ」
拗ねたような小雪の手を、直哉はそっと握る。
出来映えなんてどうでもいい、なんて言うと小雪は怒るかもしれないが……直哉のために心を込めて作ってくれた品だ。どんな高価な品にも勝るプレゼントなのは間違いない。
一生懸命作る姿を間近で見てきたこともあって、胸が一杯になりそうだった。
「また来年も作ってくれたら、小雪も満足いく出来になるかもしれないだろ。だから、それまでそっちを大事にするよ」
「…………分かったわ。ん」
小雪は顔を背けながら、ぶっきら棒に包みを差し出した。
直哉がこう言うと、最初から予想していたらしい。抵抗はわずかで、素直だった。
ともかくありがたく受け取って包みを開けると、思っていた通りの品が現れる。シンプルなグレーのマフラーで、小雪が告白したように所々不恰好ではある。
だがしかし丁寧に編まれているし、毛糸もふわふわで温かそうだ。
それを翳して、直哉は歓声を上げる。
「いいマフラーじゃん! ありがとう、小雪。すっごく気に入ったよ」
「うううう……っ! 見てなさい! 来年までには上達して、お店に売ってるのと遜色ないものを用意してやるんだからね!」
小雪は顔を真っ赤にして、直哉の鼻先に人差し指を突きつける。
真っ向からの宣戦布告ではあるものの、照れ隠しなのがあからさまだった。
マフラーを試しに巻いてみれば、心地のよい温かさが首元から全身に広がる。おかげで直哉の顔は、ますますだらしなく緩んでしまった。
「それなら来年も楽しみにしてるよ。人生最高の誕生日がまた更新されちゃうな」
「くっそう……嬉しそうな顔しちゃってもぅ……」
小雪はますます真っ赤になって、顔を伏せてぶつぶつ言う。
直哉がどこまでも本気なのが嫌というほど分かって、居た堪れないらしい。
「手作りプレゼントってのが、こんなに嬉しいものだとは思わなかったな。俺にサプライズは通用しないけど、その分この二週間ずーっと小雪の頭の中が、俺の誕生日で埋め尽くされるのが分かったし……」
それこそ四六時中、小雪はマフラーのことについて考えてくれていた。
直哉の目の前で作業することはなかったが、空いた時間で編み物の本を読んだり、動画を見たりと研究に余念がなかった。
そんな努力を間近で見ていたから、巻いたマフラーのぬくもりがより一層尊く感じられるのかもしれない。
マフラーの手触りを堪能しながら、直哉は真顔で感想を告げる。
「前準備込みで、めちゃくちゃ興奮した。よかったらまたサプライズしてくれ」
「そういうところが、結衣ちゃんたちに『特殊プレイだ』って言われるのよ」
小雪は額を押さえてげんなりとうめく。
わりと本気で困り果てているようだが、内心では『次はクッキー……とか?』と計画を立てているのは明白だった。
そんな小雪に目を細めつつ、直哉は後ろのテーブルを振り返る。
「朔夜ちゃんも満足か?」
「うん。たいへん良質な供給でした」
「うわっ!? いたの!?」
衝立越しに顔を覗かせた朔夜に、小雪はのけぞらん勢いで驚いた。やはり存在に気付いていなかったらしい。
バクバクうるさい心臓を宥めながら、妹のことを凝視する。
「あんた、いつからそこにいたのよ……」
「ちょっと前から。ブツの受け渡し場所は分かってたし、張り込みしてたの」
「言い草! っていうか直哉くん、なんでバラしたのよ!?」
「バラしてないっての。小雪がカレンダーに書いたからだろ」
白金家のリビングには、家族が予定を書き込むカレンダーがある。朔夜にとって、観察対象の行動をチェックできるまたとないアイテムになっているのだ。
特大プリンアラモードを注文してから、朔夜は悪びれもせずに言う。
「来週からは修学旅行でしょ。さすがにそっちはついて行けないから、最低限この供給だけは拾っていきたかったの。大満足」
「ああそう、よかったわね……」
ツッコミ疲れたのか、小雪はぐったりと背もたれに体を預けるばかりだった。
続きはまた明日更新。修学旅行編です!
このプレゼントのあたりで、書籍版五巻ではほぼ二章分の描き下ろしエピソードが収録されております。
どうしてWebに載せられないかというと、書籍版と設定が異なる箇所なので……申し訳ない!
既刊とあわせてよろしくお願いいたします!






