祖父の真意と素人診断
そして、その数日後。
「この前は……本当にすまなかった!」
「い、いやいや、頭を上げてください、お爺さん」
頭を深く下げるジェームズに、直哉は慌てふためくしかなかった。
先日、彼と初めて会った公園だ。話があると呼び出されて、会うなりこれだった。
ともかくベンチに案内して並んで腰掛ければ、ジェームズは項垂れながらもぽつぽつと言葉をつむぐ。
「きみはわしが思っていた以上に真面目な少年じゃった。一晩小雪を預けたというのに、どこまでも紳士的に対応してくれたと聞くし……疑ってすまなかったな」
「は、はあ……」
直哉は引きつった笑みを浮かべるしかない。
小雪と同じ布団でぐっすり眠ったあと。
朝になって帰宅した法介と、迎えに来たジェームズが玄関先でばったりと出くわした。
法介は出迎えた直哉から事情を聞くまでもなく、にっこり笑ってこう言った。
『まあ、ギリギリセーフかと』
『ギリギリかー……』
手は出さなかったが、同じ布団で眠ったので文句は言えなかった。
むしろ温情判定だと思ったくらいだ。
ともかく法介の判定もあって、ジェームズも意地を張るのをやめて直哉のことを認めてくれたらしい。彼は顔を伏せ、ため息と供に絞り出す。
「本当は、最初から分かっていたんじゃ……きみと一緒にいるときの小雪は、本当に楽しそうで……きみにならあの子を任せられるだろうとな」
「お爺さん……」
そんなジェームズに、直哉は少し言葉に詰まった。
しばしふたりの間に沈黙が落ちる。今日は小学生たちの姿も見当たらず、公園には痛いほどの静寂が満ちていた。
やがて直哉は大きく息を吐いた。尋ねる覚悟を決めたのだ。
「実は、前から思ってたんですけど……お爺さんは、小雪たちに何か隠し事がありますよね?」
「……さすがは名探偵の息子じゃな」
ジェームズはふっと薄く微笑んでみせた。
灰色の空を見上げて、淡々と続ける。
「つい先日、病院で余命宣告を受けてな。もってあと一年らしい」
「……はあ」
直哉は静かにうなずいた。
許嫁の話が唐突に降ってわいたときから、そんな予感はしていたのだ。
少し言いたいこともあったが、ひとまず口をつぐんでおく。
ジェームズは少し目を伏せて震える声を絞りだす。
「わしももう年じゃ。覚悟はできておる。だが、せめて死ぬ前に……孫の花嫁姿を見ておきたかったんじゃ」
「だから許嫁にこだわったんですね」
「その通り」
残り時間が少ないと知ったジェームズは焦りに焦った。
それが突然の許嫁騒動の発端だったのだ。
「だが、そのせいで小雪だけでなく、きみやアーサーにも迷惑をかけてしまった。本当に申し訳ないことをした。この通り、すまなかったな」
「いえ、謝らないでください」
再び頭を下げるジェームズに、直哉はゆっくりとかぶりを振った。
巻き込まれてしまったのは確かだが、直哉としては何のダメージも負っていない。むしろ先日のお泊まり会などのいい思いばかりさせてもらっている。
だから、小さくしょげかえるジェームズの肩をぽんっと叩いた。
「お爺さんの事情は分かりました。そのうえで……少し言いたいことがあるんです」
「うむ……きみには迷惑をかけたからな。どんな言葉も受け入れよう」
「いえ、その……たいへん申し上げにくいんですけど」
直哉はしばし逡巡する。
言うか言うまいかを迷ったわけではない。適切な言葉を探したのだ。
だが、結局いいものが見つからなくて――どストレートに告げる。
「たぶんその余命診断……誤診だと思います」
「は……?」
ジェームズはきょとんと目を丸くした。
もちろん直哉に医学の心得はない。
ただの高校生にそんなスキルがあるはずないのだが……唯一、異様に察しがいい。
嘘を見抜くのと同じように、重病を患う人を見分けることが出来るのだ。
そうした相手は死相と呼ぶべきものを顔に貼り付けており、ひと目でそうと分かる。
これを言うとドン引きされたり、死神扱いされたりするのが分かっているので、滅多なことでひけらかすことはない。幼馴染みの結衣や巽も知らないことだ。
よほど見過ごせない場合などは、それとなーく病院に行くことを勧めたりする。
(ま、親父に比べればまだまだだけどな……親父は見ただけで病名まで当てるし)
初対面で大病を見抜いて命を救った人物が世界中にゴロゴロいるらしい。
それはともかくとして、ジェームズのことを改めてじっと見つめる。
目には強い光が宿り、呼気も問題なし。
死相は一片たりとも見当たらなかった。
「お爺さんは健康そのものです。一年と言わず、十年後もお元気のはずですよ」
「…………ふっ」
直哉の言葉に、ジェームズは静かに耳を傾けていた。
しかし不意にかすかな笑みを浮かべてみせてから、直哉の手をぎゅっと握る。
首をゆっくり横に振って声を絞り出す。
「きみは優しい少年だな。こんな年寄りにも優しい言葉をかけてくれるなんて」
「えっと、信じていただけないのは重々承知の上なんですが、本当のことで――」
「だが、国で最も大きな病院で診断されたんじゃ。こればっかりはどうしようもない」
「だ、だから、俺の話を聞いてくださいってば……!」
ジェームズは悟りを開いたように微笑むばかりで、直哉の言葉を聞こうとしなかった。
とはいえ、それも当然のことだった。
(そりゃただの素人高校生より、医者の言うことを信じるよな!?)
直哉だって同じ立場になったら、まず間違いなく耳を貸さなかったことだろう。
もどかしい思いに苛まれる直哉の手を握ったまま、ジェームズはまっすぐな目を向けてくる。
「ありがとう、直哉くん。きみのような少年が小雪のフィアンセで、本当に良かった」
「あ、はい。光栄です」
「老い先短い老人の戯言と聞き流してくれてもかまわない。だが、願わくば……」
ジェームズは直哉をじっと見据えて、熱い言葉を口にした。
「わしが生きているうちに、小雪を幸せにしてやってくれ。どうかこの通り、頼んだ」
「えーっと……」
直哉はもちろん言葉に詰まる。
このまま順当に交際が続けば、不幸な事故でもない限り彼の願いは叶うことだろう。
それをどうにかこうにか理解してもらおうと言葉を探すうちに、ジェームズの顔が青ざめていき――直哉は覚悟を決めた。魔王だの人の心がないだのと言われていても、それなりの良心は持ち合わせているので。
「はい、分かりました……」
「ありがとう……! ありがとう、直哉くん! 小雪をよろしく頼む!」
わんわんと男泣きをするジェームズに抱きしめられて、直哉は遠い目をするしかなかった。
小雪祖父の完全攻略はこれで完了したものの――。
(今度は小雪を口説き落とさなきゃいけないターンかあ……)
次なる課題が、直哉の肩に大きくのしかかった。
続きは明日更新。
話が進むにつれて笹原親子がどんどん人間を辞めていく。
五巻は12/14発売!特典SSもアニメイトとメロンであるのでよろしくお願いします!
https://ga.sbcr.jp/bunko_blog/t/20211201/






