特大イベントが目白押し
こうして夏目姉妹を見送ったあと、しばらくすると風が強くなってきた。窓ガラスはがたがた揺れて、どこからか飛ばされてきた張り紙が、勢いよく空へと舞い上げられる。
テレビの中では、アナウンサーが外出を控えるように言っている。
中継で流れる海の様子も、波が高くて白く泡立っていた。まさに嵐の前兆だ。
祖父の持ってきてくれたケーキをつつきつつ、小雪もどこか浮かない顔である。
「本当に荒れそうね。なんでママもパパも教えてくれなかったのかしら」
「俺がそばにいるから大丈夫、って判断したんじゃないかな。たぶん」
「うちの家族は直哉くんを信用しすぎでしょ……まったくもう、人を見る目がなさ過ぎるわ」
小雪は憎まれ口を叩きつつも、どこか得意げだ。
家族からの直哉の評価が高くて嬉しいらしい。
(でもまあ、彼氏っていうより第二の保護者だと思われてる節があるけどな……)
そこは指摘せず、直哉もケーキを食べ進める。
甘さ控えめで、入っているフルーツもみずみずしい。
とはいえ、それをゆっくり味わうわけにもいかなかった。やるべきことを脳内で挙げて、優先順位を付けていく。
「とりあえず早めに夕飯を作って、風呂も先に入っちゃうか。停電したら困るしな」
「そ、そうね。お昼は任せちゃったけど、今回は手伝うわ」
小雪もキリッとするものの、すぐにその顔がへにゃっと締まりのないものになる。
「なんだかドキドキしてきたかも。お泊まりなんて、それだけで特別なのに……さらに特別な気がしてきたわ」
「あー、誰かの家に泊まるのも久々か」
「そうね。小学生のころに、恵美ちゃん家に泊まったのが最後かしら」
小さくため息をこぼし、小雪は目を細める。
一緒の布団で眠ったことや、遅くまでこっそり話をした思い出などが浮かんだらしい。あたたかい紅茶をすすってから、くすぐったそうに笑う。
「久々に今度また誘ってみようかしら。結衣ちゃんも呼んで、一緒にお泊まり女子会なんかできたらいいな」
「それなら来月叶うじゃんか」
「えっ、来月……って?」
小雪は一瞬ぽかんとする。
しかし、すぐに目をまん丸に見開いて叫ぶのだ。
「あっ、そうか! もう修学旅行だわ!」
「やっぱり忘れてたな? 全然そういう話ししなかったもんな」
「し、仕方ないでしょ。このところドタバタしてたし……」
気まずそうに眉を寄せて、小雪は卓上カレンダーをそっと手に取る。
ぺらっと一枚めくれば、月半ばの四日間に丸が付けられていた。三泊四日の修学旅行、その日程である。
残りの日数を指折り数えて、小雪の顔色がさっと変わる。
「もうすぐじゃない……そろそろ準備しないと間に合わないわね」
「大袈裟な。たった三泊の国内旅行だぞ、この前行った家族旅行の方が長いじゃんか」
「女の子には色々あるのよ。ガイドブックも買わなきゃだし、お泊まりセットも新調したいし……うう、お小遣い、足りるかしら」
小雪は真剣な顔で悩み始める。
修学旅行を全力で楽しむため、あれやこれやと考えることは山積みらしい。
しかし、そこでふと小雪が直哉の視線に気付いて顔をしかめる。
「何よ、その微笑ましそうな目は。子供っぽいとか思ってるの?」
「違うって。小雪が楽しそうで、俺も嬉しいんだよ」
直哉はにこにこと笑う。
出会った春先には、結衣たちとクレープ屋に入るだけで小雪は相当緊張していた。それが今ではこの通り、新しいことに臆することなくワクワクしている。
それが微笑ましかっただけだと弁明し、にこやかに続ける。
「夏はイベントが盛りだくさんだったけど、秋だって負けてないな。文化祭も楽しんだことだし、修学旅行もいい思い出にしようぜ」
「もちろんよ。冬も冬で……あっ」
そこで小雪は言葉を切った。
ぎこちなく直哉に顔を向け、恐る恐る尋ねることには――。
「あの……冬ってどんなイベントがあるか分かってる?」
「当たり前だろ。期末テストにクリスマス……あと、一番大事なのは」
小雪の手からカレンダーをひょいっと取り上げて、目当てのページを開く。
十二月二十五日。
一般的にクリスマスとされるその日には、誕生日ケーキのイラストが描かれていた。
「小雪の誕生日。そうだろ?」
「教えた覚えはないんだけど!?」
裏返った悲鳴が、笹原家のリビングにこだまする。
小雪は物理的にも精神的にも距離を取り、直哉にドン引きの目を向ける。
「最近は察しの良さがレベルアップしつつあったけど……まさかあなた、相手を見ただけで誕生日まで当てられるようになったの? さすがにそれは怖すぎない?」
「そんなわけないだろ。普通に知ったんだって」
「朔夜から聞いたとか……?」
「いや、前に映画に行ったときに学生証を出しただろ。そのときチラッと見えたんだよ」
「その観察眼は、全然普通じゃないのよね……」
小雪は呆れたように肩をすくめ、ふんっと鼻を鳴らす。
「でもまあ、当たりよ。クリスマスと同じ日だから、一緒くたにされがちな誕生日だけど……」
「それなら、今年は誕生日とクリスマス、どっちも別々に祝おうか」
「……ほんとに?」
拗ねたような顔で、こちらを見やる小雪。
そんな彼女に直哉はきっぱりと断言する。
「ああ。喜んでもらえるように、精一杯プランを考えておくよ」
「……そう」
小雪の表情が和らいで、口の端にかすかな笑みが浮かぶ。
カレンダーに注がれる眼差しには、キラキラとした光の粒が含まれていた。
髪をかきあげて、ウキウキと言う。
「ふふん、彼氏として仕える覚悟ができているじゃない。なかなか感心だわ。ちなみに……ちなみになんだけど」
そこで少しばかり声のトーンを落として、シンプルな質問を投げかけてくる。
「直哉くんの誕生日って、いつなの?」
「ああ、来月だけど」
「そ、そう。ふーん。別に興味はないけど。ふーん、来月……へ」
そこで小雪がピシッと凍りついた。
直哉からカレンダーを取り戻し、来月のページを穴が空くほど凝視する。
しばらくしてごくりと喉を鳴らしてから、大きく息を吸い込んで叫んだ。
「来月ぅ!?」
「ああ、うん。ちょうど修学旅行の一週間前だな」
「なんでもっと早く言わないのよ!? 急すぎるじゃない!」
「いや、タイミングを逃しちゃって」
秘密にしていたわけではなく、これまで一度も誕生日の話が出なかったので言いそびれていただけだ。
直哉は頰をかいて苦笑する。
「自分から言い出すのも、なんか催促してるみたいだし。まあ気にすることないって」
「無茶を言わないでよね……」
小雪は渋い顔をして、再び思案顔となる。
修学旅行について考えていた先ほどまでとは異なり、その顔は沈痛そのものだ。
「これはマズい事態だわ……まさか修学旅行と直哉くんの誕生日が被るなんて。お財布が大ピンチじゃない」
「別にお金をかけてくれなくてもいいんだぞ。たとえば、小雪が抱き付いてキスしてくれるだけで十分な誕生日プレゼントになるし」
「しません。それ以外の方法で祝ってあげるわ」
小雪がぴしゃっと冷たい目で宣言した、そのとき。
ガタガタガタッ! ざぁあああっ!
窓ガラスが激しく揺れて、激しい雨音が響いた。リビングに静けさが落ちる。
そっと外を見てみれば、いつの間にやら雲がさらに分厚くなっていた。横殴りの雨はまるで戦場を飛び交う弾丸のようだ。ゴロゴロという雷の声が、遠くの方から聞こえてくる。
嵐はもうすぐそこだ。
直哉と小雪は顔を見合わせ、同時にうなずいた。
「……イチャイチャするのもいいけど、先にやることを済ますか」
「それが良さそうね……イチャイチャなんてしてないけど」
そういうわけで、ふたりで協力して簡単な夕飯を作った。
隣り合って野菜を切って、味噌汁を作ったりして作業を分担した。ふたりで調理するのはこれまで何度もあったので、もう慣れたものだ。ただ、笹原家の台所では初体験だった。
(やっぱり新婚っぽいなあ……)
直哉はもちろんドキドキしたし、小雪も意識して口数が少なかった。
続きは明日更新予定です。
発売日まではほぼ毎日更新予定!
十二月発売の五巻はWEB版から二章分くらい書き下ろしております。設定が若干違うのでWEBに収録できないお話が……!






