供給過多のお泊まり序盤
ふたりしてキャラ弁を平らげた、しばらく後。
「はい、また俺の勝ち」
「んっっなああああ!」
笹原家に、小雪の奇声が響き渡る。
テレビに表示されているのは、直哉の操作するキャラクターの勝利画面だ。小雪の操作キャラは、その隅っこで目を回してのびていた。
小雪は隣に座る直哉のことを、ぎんっと睨み付けてくる。メデューサもかくやあらんといった眼光だ。とはいえ涙目なので、直哉を凍り付かせるような威力はない。
「何よ今の技は!? 反則じゃない!」
「ちゃんとゲームのルールに則ってるっての。さて、ルールは三本先取だったな。あと一回で小雪の風呂掃除が確定するけど」
「いいえ、そんな未来は来ないわ。なぜなら……次は絶対に私が勝つからよ!」
小雪はありったけの殺意を込めて、ギリギリと歯をかみしめた。
お泊まり会の甘酸っぱさはそこにはなく、全力の闘志だけが伝わってくる。
普通のデートなら残念がるところなのだろうが、直哉はこっそりと胸をなで下ろしていた。
(ふう……これならしばらくは耐えられるかな)
昼食のキャラ弁は、見た目ばかりか味も高評価だった。
小雪はそれを噛みしめるようにしてゆっくり食し、最後は洗い物を引き受けてくれた。
洗い場から聞こえる水音と、小雪の鼻歌。
そのふたつを背中越しに聞いて、直哉は顔を覆ってつぶやいた。
『これはキツい……』
『何が?』
小雪はきょとんとしていたが、直哉にとっては死活問題だった。
(もう完全に新婚だよ! こんな嬉しいシチュエーション、耐えられるわけないだろ!?)
しかも、これがあと二十三時間続くときた。
手を出してはいけないと分かっていても、悶々とするのは仕方なくて。
そういうわけで、一計を案じたのだ。
『よし、小雪。暇だしゲームしようぜ』
『はあ? 男の子ってこれだから嫌よね。ゲームなんて小学生で卒業しなさいよ』
『あー、そうだよな。小雪にはちょっと難しいか。じゃあ別ので――』
『やってやろうじゃないの! 吠え面かいても知らないわよ!』
そういうわけで、ふたりっきりでのゲーム大会が決行された。
目論見通り小雪は熱くなってくれて、甘い空気は雲散霧消している。
次の勝負が始まった。互いの操作するキャラクターが画面を縦横無尽に駆け巡る。コントローラーをがちゃがちゃしながら、小雪はありったけの憤懣を込めて舌打ちする。
「ええい、おとなしくしなさい! おもてなしするんじゃなかったの!?」
「接待プレイしたら、それはそれで小雪は確実に怒るじゃん」
「当たり前でしょ! 手を抜いたりしたらリアルファイトよ!」
「うん、じゃあこっちも全力でいくな。さっき手に入れた必殺アイテムをここで使う」
「いやあああああ!?」
小雪が絶叫するとほぼ同時、勝負が決した。
こうして直哉の三戦三勝である。
小雪はしばし打ちひしがれていたものの、リザルト画面からそっと目をそらして胸を張る。
「ふんだ。特殊能力持ちの直哉くんとゲームなんて、そもそもが見えた死亡フラグだったのよ。だから全然悔しくないし」
「まあそりゃ、人狼ゲーム系の読み合いなら無双できるけど。こういうのはただの実力だぞ」
「は、腹立つぅ……次は負かすから、首を洗って待ってなさいよ!」
虚勢も長く続かず、宣戦布告を突きつける小雪だった。
ぶつぶつ文句をつぶやきつつも、腰を上げる。
「まったくもう、敗者はお風呂掃除よね。いいわよ、やってやろうじゃない」
「いやあ、お客さんにそんなことまでさせちゃって悪いなあ」
「ちっ……そんな余裕が出せるのも今のうちなんだからね」
小雪は大きな舌打ちを残し、まっすぐ風呂場へと向かった。もうすっかり笹原家の間取りを熟知しているらしい。
そんな彼女を見送って、直哉はひとまず息を吐く。
「ふう。あと二十時間だな……」
秋の休日は相変わらずゆったりとした空気が流れていたが、時間はしっかりと経過していた。
こんな感じでまったりじゃれ合っていれば、きっとすぐに明日の朝がやってくる。
そう計算して気を抜いた矢先――。
「ふんふんふーん♪」
風呂場からシャワーの音と、小雪の鼻歌が聞こえてくる。
先ほど遊んでいたゲームのBGMだ。惨敗を喫しつつも楽しんでもらえたらしい。
それはともかくとして――
(なんかこれ……掃除してもらってるっていうより、先にシャワーを浴びてもらってるみたいだな……?)
それなりの距離があるし、リビングの扉は閉めている。
そのはずなのだが、直哉の地獄耳はしっかりそれらを捉えてしまった。
「……こっちの方がマズくないか?」
当然、脳裏に描かれるのは小雪の一糸まとわぬ姿で。
上気した頬とか、水滴が滑り落ちる柔肌とか、つんと張った胸とかお尻とか……そうしたものが、やけにリアルに脳内再生された。
「ぐふっ……!」
完全なるクリティカルヒットだった。
直哉はバクバクうるさい心臓を押さえて倒れ込んでしまう。風呂場の掃除を頼めばこんな展開になることくらい、いつもの自分なら分かっていたはずなのに。
(浮かれて、完全に策に溺れている……!)
自分で仕組んだことでダメージを受けていては世話がない。
その間にもシャワー音と、小雪が奏でる調子外れの鼻歌が聞こえてくるし――。
「くそっ、ちょっと外の空気でも吸って冷静に……うん?」
直哉が立ち上がろうとしたちょうどそのとき、軽快なチャイムの音が響いた。
しかもそのあと続けざまに何度も何度も押される始末。
「はいはい、今行きますよー!」
その音に急かされるまま、直哉はバタバタと玄関に向かう。
インターホンのカメラを確認するまでもない。
扉を開けて、訪問者を笑顔で出迎える。
「ありがとう、結衣。助かったよ」
「えっ、なんで?」
チャイムに人差し指を伸ばしたまま、結衣はきょとんと小首をかしげる。
突然の訪問者によって煩悩が有耶無耶になったなんて、言えるはずもなかった。
そこで結衣の陰から小さな少女がひょっこりと顔を出す。
「直哉おにーちゃん、こんにちは!」
「はいはい、こんにちは。久しぶりだな、夕菜」
つい先日、小雪と直哉をめぐって恋のバトルを繰り広げた結衣の妹だ。
夕菜はニコニコと挨拶してみせてから、直哉の腰にぎゅーっと抱き付いてくる。
小雪とは熱い友情を交わしたため直哉を譲ったはずなのだが……子供特有の無邪気さで以前と距離感はあまり変わらない。
直哉にキラキラした笑顔を向けて、無邪気な質問を投げかけてくる。
「小雪ちゃんとはその後どう? ラブラブになった?」
「もちろんラブラブでイチャイチャしてるよ。お子様には聞かせられないくらいには」
「きゃーっ、『じょーねつてき』! 教えて教えて!」
夕菜のテンションは一気にうなぎ登りだ。小学生女児のトレンドは恋バナらしい。
そんな妹を、結衣はがしっと掴んで直哉から引き離す。
「こーら、夕菜。そういうのは根掘り葉掘り聞いちゃいけないの。弁えなよ」
「ぶーぶーっ。だって気になるんだもんー。結衣おねーちゃんは、巽おにーちゃんとどんなふうにラブラブしてるのか教えてくれないし」
「小学生の妹にそんな話できるわけないでしょうが……別に普通だっての」
「この前ふたりで花火大会に出かけて、下駄の鼻緒が切れた結衣のことを巽がおんぶして帰ったらしいぞ」
「直哉ぁ!? なんで気付いたかは置いといて……ここでわざわざばらす必要はなかったよねえ!?」
「すっごーい! 少女漫画みたい!」
輝かしい青春を送る姉へと、夕菜は尊敬の眼差しを送る。
結衣も巽も、直哉には自分たちのお付き合いについて決して話はしないものの、ほぼ毎日会っているのですべて筒抜けである。
続きは明日とか明後日に……!
現在半端なく弱っている、さめの体調次第です。皆さんもご自愛ください。
五巻は絶賛ご予約受付中!発売日に手に入れるには予約が確実かと。