夢オチ?
その日は陽が沈んでから、さらなる寒気が街を包んだ。
「さっむいなあ……」
街灯が輝く住宅街のなかを、直哉は足早に歩いていた。
コートの前をしっかり留めて、マフラーや手袋といった防寒具もきちんと付けている。それでも隙間から入り込む冷たい風は、容赦なく直哉の体温を吸い取っていった。
吐き出す息は白く、歯がガチガチと鳴る。
そんななか通りがかったコンビニに、肉まんののぼりが立っているのが見えた。
店内もかなり温かそうだったが――直哉はその誘惑を鉄の意志ではねのけて通り過ぎる。
やがてたどり着いたのは、真新しい一軒家だ。
玄関に立てばセンサーライトがぱっと付いて、笹原と書かれた表札を照らし出す。
ドアを開ければ、ホッとするようなぬくもりが出迎えてくれた。
直哉は小さく息を吐いて、家の奥へと呼びかける。
「ただいまー」
「あら、早かったわね」
ひょっこりと顔を出すのは小雪だ。
セーターにジーパンという、シンプルで飾り気のない出で立ちだ。
髪を簡単にくくって、エプロンを着けている。どうやら夕飯の準備中だったらしい。
エプロンで手を拭きながらやって来て、靴を脱ぐ直哉の背をじーっと見つめてくる。
「いつもより一時間も早いじゃない。まさかとは思うけど、会社で何かやらかしたの?」
「違う違う。今日は頑張ったから、もう帰っていいって言われてさ」
「今は特に難しい案件はないんじゃなかった……?」
「いやあ、会長のお孫さんが迷子になっちゃって。で、俺がさくっと見つけて感謝されたんだよ」
「またそういう展開……? この前も似たようなことがなかったかしら」
「ああ、取引先の社長夫婦の喧嘩をさくっと収めたりな。あとは――」
その他の細かな事件を羅列すれば、小雪は額を抑えて呻く。
「まったく、あなたときたら昔とちっとも変わらないんだから。いい加減、落ち着きってものを持ってほしいわね」
「あはは、そう言うなって」
靴を揃えてコートを脱いで、直哉はにっこりと笑う。
「昔と変わらないと言えば……小雪も相変わらず綺麗だよ」
「はいはい、減らず口はいいから。早くご飯にしましょ」
直哉の口説き文句をさらっといなし、小雪は踵を返す。
しかし、すぐにくるっと振り返った。
「あっ、忘れてた」
そう言って直哉の肩に手を置いて、軽く背伸びして――。
ちゅっ。
ふたりだけの家の中に、軽いリップ音が響く。
小雪はそっと唇を離して、頬をほんのり赤らめながらこう言った。
「おかえりなさい、あなた」
「ただいま、奥さん」
直哉もそれに、にっこりと答えたところで――目が覚めた。
「はっ……!?」
ちゅんちゅん、ちゅちゅん。
窓の外で、雀が仲良くさえずるのが聞こえる。
そっと視線を巡らせば、そこは勝手知ったる自分の部屋だ。可愛い奥さんはどこにもいない。
カーテンの隙間から差し込む光は穏やかだ。
秋から冬に移り変わる冴えた空気が、寝起きの頭を急速に冷やしていく。
のっそりと体を起こし、ベッドの縁に腰掛けて、直哉は深いため息をこぼす。
「なんて恥ずかしい夢を見るんだ、俺は……」
あまりの羞恥に頭を抱えたのだが……その新婚生活を、まさかの三日後に実体験することになるなんて、このときは思ってもいなかった。さすがにそこまでは察せないので。
続きは8月16日、もしくは17日!今書いているところなので……。
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