バニーさん独占デート
頭には兎の耳が揺れ、タイトなボディスーツは艶々とした光沢を放っている。
お尻にはもちろん兎の尻尾。足下は網タイツで、黒のハイヒールまで完璧だ。
大きな胸がこれでもかと強調されており、本来制服の下に隠されていたプロポーションのよさが際立っている。
「ううう……じ、じろじろ見るんじゃないわよぉ……!」
真っ赤になって後ずさる小雪だが、後ろが壁ですぐに窮地に陥った。
「……うん」
それをじっと見つめてから、直哉は万感の思いを込めてひとつうなずいた。
背後の恵美佳を振り返り、彼女の手を取って深々とお辞儀する。
「ありがとう、鈴原さん。バニーだって分かっていたけど、やっぱりちゃんと見ると感動もひとしおだよ。この恩は一生忘れない」
「し、しみじみ言うんじゃないわよ……!」
その手を小雪がばしっと弾き落とした。
バニーさんは目をつり上げてぷるぷる震えて怒りと興奮が最高潮だが、動きに合わせて頭のうさ耳が楽しげにピコピコするため、ただ微笑ましいだけだった。
そんななか、恵美佳は達成感に鼻をこすってみせる。
「えへへ、どういたしまして。白金さんの衣装はかなり悩んだんだけど、そう言ってもらえて嬉しいよ!」
「うううっ、可愛い格好を用意してるって言われたから楽しみにしてたのに……何よ、バニーガールって!? 破廉恥すぎるでしょ!」
「このまえのゲームセンターでメイドさんはやったじゃん? そうなるともうバニーしかないでしょ」
「もっと多岐に渡る選択肢があるからね……!?」
小雪がいくら声を荒らげても、フリーダムな恵美佳は暖簾に腕押しだ。
大声を出して疲弊した小雪を前にして首をひねる。
「でも肌色部分はボディスーツだし、露出は少ない方だよ? 最近のコスプレは規約が厳しくてねえ。新体操とかフィギュアスケートの衣装みたいなあれ。だから、そんな恥ずかしがることもないんじゃない?」
「恥ずかしいに決まってるでしょ!? こんなことなら今日お休みしたのにぃ……!」
「どんまい。腹をくくるんだな」
その肩をぽんっと叩いて直哉は雑に励ましてみせた。
ぱっと見は寒々しい格好ではあるものの、ボディスーツは手首あたりまで及んでいる。生地も厚いし、これなら体を冷やすこともないだろう。恵美佳も色々考えてくれたらしい。
ともかく頭を抱える小雪に、直哉はまっすぐに告げる。
「他の男に見られるのはちょっと癪だけど……めちゃくちゃ似合ってる。かわいい。最高だ!」
「うっ……うぐぐぐぐ……!」
小雪は真っ赤な顔で呻くばかり。いつもの照れ隠しの毒舌を放つ余裕もないらしい。
そんな小雪の手を取って、直哉はエスコートしようとするのだが――。
「それじゃ、約束通り小雪のこと借りてくなー」
「は!? い、いえ! やっぱり私もクラスの出し物を手伝うわ! こんな格好で校内を歩き回るのに比べたら断然マシですもの……!」
小雪はカーテンに捕まって抵抗を続けた。
そこに、恵美佳がすっと近付いて行って持っていた看板を握らせる。
「白金さんのお仕事は広告塔だよ。この看板を持って行ってね、いい宣伝になるからさ」
「さてはハナからそのつもりで……!? 謀ったわね、鈴原さん!?」
「やだなあ、人聞きが悪い。彼氏との初めての文化祭デートを応援してあげてるだけなのに。できたら校内をゆーっくり回ってきてねー。それで宣伝効果はばっちりだと思うから!」
「やり手のマネージャーだなあ、鈴原さんは」
こうして笑顔の恵美佳から見送られ、ふたりは約束通りに文化祭をぶらぶら回ることにした。
中等部と高等部を擁するマンモス校のため、展示や出店を含めれば一日では見終わらないほどのボリュームがある。
校庭や中庭にずらっと並ぶのは数々の屋台だ。
あちこちからいい匂いが漂って、誰かが手を離してしまったのか、真っ赤な風船が青空に踊る。
その光景に、小雪はバニー姿で目を輝かせた。
「たこ焼き……! リンゴ飴に綿菓子まで……!」
「夏休みのお祭りを思い出すなあ」
看板を代わりに持ってやりながら、直哉は相好を崩す。
ひとまず屋台を冷やかすことにした。タコ焼きや焼きそばといったオーソドックスなものから、スパイスカレーやケバブといった変わり種も並んでいる。
「しっかし小雪も成長したよな。開き直るのが早いじゃん」
「ふんっ、当然でしょ。王者はいついかなる時も堂々とするべきものなんだから」
小雪は得意げに鼻を鳴らす。
正しくは食い気が羞恥心を上回っただけである。
そのついで、あたりの様子を指し示す。ここも、様々な衣装に身を包んだ生徒で溢れていた。
「これだけ浮かれた空間ですもの。木を隠すなら森の中。みーんな変わった格好をしてるでしょ。バニーひとりが紛れていたって誰も注目しないはずよ」
「そうだなー。あ、ちょっとここで待っててくれるか」
「あら、何か買うの?」
小雪を置いて、直哉はそっと屋台のひとつに近付いた。
店番をしていた男子生徒がそれに気付いて慌てて携帯電話を隠そうとする。その手をがしっと掴み、直哉は真顔で凄んでみせた。
「おまえ、一年五組の斉藤だよな。今の写真、消せ。じゃないとおまえが片想いしてる先輩と最愛の妹に、盗撮のことバラしてやるからな」
「ひいっ……!? なんで知って……いや、すみませんでした!」
斉藤はあっさりと白状し、直哉の前で小雪の写真を削除した。
ぐるっと視線を巡らせれば、ほかの不届き者たちは青い顔で携帯をしまう。
全員未遂なので、今はひとまず睨み付けるだけで済ましておいた。
小雪の言う通り、あたりにはコスプレした生徒が非常に多い。
しかし、だからといって小雪の存在感が霞むかどうかは別問題だった。
ただでさえ目を引く美少女が、ボディスーツとはいえ過激な格好をしているのだ。当然、よからぬ悪意を招いてしまう。
ただし、ほとんどの生徒は小雪に見惚れはしても盗撮なんて愚かな真似は犯さなかった。
直哉のことを知っているためだ。「あれが最強の読心系異能力者か……」と、小雪よりもむしろそちらに注意の目を向ける者がいたほどである。
ともかく以降は平和に屋台を回ることができた。
買ったタコ焼きにタコが二切れ入っていて喜んだり、どこの国の料理かも分からない謎のスープを回し飲みしたり、ふたりでめいっぱい楽しんだ。
チョコバナナを片手に、小雪はいたずらっぽく笑う。
「去年はひとりで回ったけど……誰かと一緒っていうのも悪くないわね」
「なら来年も一緒だな。またエスコートさせていただくよ」
「それは今回の働き次第ね。クビにされないようにせいぜい励みなさいな」
高圧的に笑いつつも、小雪は鼻歌を奏でるほどのご機嫌である。
腹ごしらえも済んだので、校庭を後にして校舎の展示を見て回ることにした。
そのうちのひとつ、人で賑わう教室のひとつで小雪は足を止めた。
看板を見る限り、文化部の発表会場のひとつらしい。
「こういうのも面白そうね、ちょっと見ていく?」
「いいけど後悔するなよ?」
「な、何よ。ここってお化け屋敷じゃないんでしょ?」
軽く脅しをかけるが、小雪は迷いなくその教室へと踏み込んだ。
中には長机がずらっと何列も並び、等間隔でクラブや同好会のスペースが配置されている。
パイプ椅子に座った生徒らが売っているのは、ホッチキスで留めた文芸誌といったオーソドックスなものから、フルカラーの室外機の写真集といったマニアックなものまで異様に幅広い。
野良猫の写真集を購入して、小雪は吐息をこぼす。
「なんだかあれね……朔夜が毎年行ってるコミケってこんな感じなんでしょ?」
「そうらしいな。興味があるなら、今年の冬は一緒に行ってみるか?」
「うーん……気になるけど、人混みはねえ……うん?」
難しい顔で唸る小雪だったが、ふと足を止める。
数歩後ずさり、素通りしたばかりのスペース主の顔を見て――きょとんと目を丸くした。
「なんで朔夜がいるわけ……?」
「いらっしゃい、お姉ちゃん。それにお義兄様も」
「よう、朔夜ちゃん。頑張ってるみたいだな」
出迎えてくれた朔夜に、直哉は軽く片手を上げた。
スペースにはひとりきりで、真っ白な敷布の上に作った冊子を並べている。
バニー姿の姉をじーっと見つめ、朔夜はすっと携帯のカメラを向けた。
「そこのかわいいバニーさん。鬼のように連写してもいいですか?」
「だっ、ダメに決まってるでしょ!」
「ちぇー。それじゃせめて一枚。文化祭の思い出を作りたいの」
「うぐっ……し、仕方ないわね……」
「ありがとお姉ちゃん。それじゃ、お義兄様と腕を組んで、ほっぺにちゅってする感じで、足の角度はこんな感じで――」
「注文が多いわ!」
普通の棒立ちを一枚撮らせてあげてから、小雪は朔夜のスペースをじろじろと見つめる。
「それより朔夜。あんた、こんなところで何やってるのよ」
「見れば分かるでしょ。会誌を売ってるの」
朔夜はテーブルに積んだ冊子の一冊を手にし、ずいっと差し出す。
「うちの会誌は一部百円です。立ち読みも大歓迎だよ」
「あんた帰宅部だったはずじゃない……いつの間に文芸部に入ったわけ?」
「やだな、お姉ちゃん。ここは文芸部なんかじゃないよ」
朔夜はこてんと首をかしげてみせる。
そのついで、議会で使うような立派な名札を卓上に出してトントンと叩く。
そこにはこう書かれていた。
「ここは白金会のスペースだよ」
「えっ……し、しろがね……? なに……?」
「今の正式名称は『白金小雪と笹原直哉を見守る会』」
続きは明日更新。