白雪姫は素直になりたい
直哉は目を瞬かせるしかない。
だが、小雪は宣言してスッキリしたらしい。不敵な笑顔を浮かべて、お弁当をパクパクと食べ始める。
「笹原くんが私の本心を察してくれる……それも悪くないわ。でもそんなのフェアじゃないでしょ」
「フェアじゃないって、どういうこと?」
「それじゃ甘えっぱなしだもの」
白米の一粒も残らず食べきって、最後は両手を合わせてごちそうさま。
お行儀よく食事を終えた小雪は澄ました顔で続ける。
「私、プライドがめちゃくちゃ高いの。このままだったらあなたに甘えてグズグズになっちゃう。それだけは絶対に避けたいのよ」
「え、俺は甘やかしたいんだけどなあ……」
全力で甘やかして、グズグズのドロドロにしたい。
そんな邪な希望をそれとなーく伝えると、小雪は「ふぇっ」と顔を赤らめてからそっぽを向いてみせる。
「ふ、ふん。そんなの余計なお世話だわ。私はあなたと、もっとドライな関係でいたいのよ」
「ああ、なるほど。『甘やかされるのは全力大歓迎なんだけど、私も笹原くんのことを甘やかしたり、甘えたりしたい……! そのためにも素直にならなきゃ!』と。そういうことだな?」
「ううう……やっぱりこの人もうやだぁ……」
泣き言をこぼす小雪だった。
否定のポーズを取っても無駄だと、そろそろ悟ったらしい。
がっくり肩を落としてから、彼女はぽつぽつ語る。
「前々から自分を変えたいって思ってたし、ちょうどいいのよ。このとおりのキツい性格だから、クラスでも浮き気味だし……」
「ああ、結衣ともあんまり話したことないって言ってたもんな」
直哉からすれば小雪は可愛い女の子だが、ふつうの人たちからしてみればたしかに近寄りがたいキャラクターかもしれない。
誤解を受けやすいところも多々あるだろうし……そんな彼女が変わりたいと決意したのなら、直哉ができることはひとつだ。
「そういうことなら応援するよ。俺も協力するから頑張ろうか」
「う、うん。ありがと……今すぐは、ちょっと、無理かもしれないけど……」
「気長にやってけばいいって。なんなら一生付き合うし」
「ぐう……あなた、本当そういうとこ――あら」
目をつり上げた小雪だが、ふと胸ポケットから携帯を取り出して目を丸くしてみせる。
「どうかした?」
「……妹が体操服を忘れちゃったみたい。ちょっと私の貸してくるわね」
「ああ、うん。それじゃまた放課後にな」
直哉は軽く手を上げて見送ろうとするのだが、小雪はにんまりといたずらっぽい笑みを浮かべてみせる。
「ふふ。笹原くんったら、私以外に相手をしてくれる人がいないのかしら? 幼馴染みふたりはラブラブなのに、あなただけずいぶん寂しい青春ねえ」
「『今日も笹原くんと一緒に帰れるなんてラッキー! 私たちも一緒に歩いたら、恋人っぽく見えたりするのかしら……きゃー!』だって?」
「ううう……やっぱり私、素直になる……そっちの方がダメージ少ないもん、ぜったい……」
そのまま小雪は疲れたように校舎へ向かっていった。
好きな男の子とお昼を食べたというのに、お通夜のようなテンションである。
その背中を見送って、直哉はしみじみとこぼすのだ。
「いやあ、そこがまた可愛いんだよなあ……」
「おい」
「は……あ?」
そこで、突然声をかけられた。
何の気なしに振り返り……直哉はぴしりと凍りつく。
ベンチの後ろには、見知らぬ男子生徒が立っていた。
それだけなら直哉が言葉を失う理由はない。だがしかし……その男子生徒は、頭に黒い頭巾をかぶっていたのだ。
頭巾には小さな穴がふたつだけ空いており、そこから鋭い視線が飛んでくる。
「二年一組の笹原だな?」
「そ、そうだけど……」
「よし。ならば――」
男子生徒がぱちんと指を鳴らす。
「白金会の名の下に、貴殿を連行する!」
「へっ、な、ぎゃあああああああ!?」
次の瞬間、四方八方から同じような頭巾を被った生徒たちが飛びかかり、直哉をぐるぐる巻きに縛り上げた。