どう見ても
クレアは観念したのか逃げるそぶりは見せなかったが、おどおどするばかりでアーサーと目を合わせようとはしなかった。
「クレア、どうしてここにいるんだ」
「っ……そ、それは……その」
クレアは冷や汗を流してか細い声を絞り出す。
その目には薄い涙の膜が張っていて、今にも決壊しそうだった。
しかし彼女は覚悟を決めるようにして小さく息を呑んでから――すっと背筋を正してみせた。
凛とした面持ちで、澄まして言う。
「この度、わたくしも日本に留学することになりましたの。お兄様ひとりでは何かと不安ですから」
「なっ……! き、聞いていないぞ!? 父さんは知っているのか!」
「知らないと思いますね。お母様にこっそり協力していただきましたので」
「なんでだ……!?」
アーサーは完全に狼狽して、顔色が真っ青だ。
異国の地で身内と遭遇したら、うろたえるのも当然なのだが――。
(へえ……?)
その動揺ぶりからあることを読み取って、直哉はこっそりと顎に手を当てる。
そんな中、きりりとした面持ちのままクレアは小雪に向き直る。
スカートの端をちょこんとつまんでするお辞儀は、非常に洗練されていた。
「初めまして、コユキ様。アーサーの妹でクレアと申します。以後、お見知り置きを」
「は、はあ……よろしく?」
小雪は戸惑い気味にぺこりと頭を下げる。
その真横で直哉はくすりと笑うのだ。
「あはは、小雪よりクール系美少女って感じだな」
「どういう意味よ、それ。ていうか、彼女の前で他の女の子を褒めるのはどうかと思うわよ」
小雪がじろりと睨みを効かす。
それを見て、クレアはほんのわずかな笑みを浮かべてみせた。
「あなたがコユキ様のボーイフレンドですわね。ナオヤ様、と言いましたっけ」
「そうそう、よろしくな。クレアもアーサーと同じで日本語が上手いんだなあ」
「わたくしもお兄様の影響で、日本のエンタメに親しんでおりましたので」
クレアは口元をそっと隠してささやかに笑う。
その様は深窓の令嬢と呼ぶにふさわしい所作だった。小雪もおもわず『こ、こんな感じかしら……』とこっそり真似するくらいには完璧だ。
しかし彼女はすぐにすっと笑みを取り払い、直哉のことを睨め付ける。
「先ほどは上手くお兄様をやりこめたようですが……わたくしが来たからにはそうもいきませんわよ」
「へえ、クレアが俺の相手をするって?」
「その通り。ですが、わたくしもレディです。むやみに争うことはいたしません」
クレアは直哉にそっと歩み寄り、おもむろに腕へと抱き付いた。
ほんのり頬を染めて、甘い声でささやきかける。
「いかがでしょうか、ナオヤ様。コユキ様からわたくしに乗り換えてみるというのは」
「はあ!?」
それに裏返った悲鳴を上げたのは直哉でも小雪でもなく、兄のアーサーだった。
今にもぶっ倒れそうな顔面蒼白で、おろおろと声を震わせる。
「何を言っているんだ、クレア……! そんなのダメに決まっているだろう!?」
「だって、お兄様はコユキ様と一緒になりたいのでしょう?」
クレアはそれににっこりと笑顔を向ける。
穏やかな笑みではあるものの、どこか有無を言わせぬ圧があった。
見せつけるようにして直哉にぎゅうっと抱き付きながら淡々と続ける。
「兄の恋路を応援するのは、妹として当然のことですわ。お邪魔虫のナオヤ様はわたくしが引き受けますので、お兄様はコユキ様とどうかお幸せに」
「そ、そんなことをしてもらう必要はない! 俺がナオヤを倒すから……だから、きみは早くそいつから離れるんだ! 後生だから!」
アーサーは頭を抱えて叫ぶ。もはや小憎たらしい当て馬の面影は見る影もない。
それをクレアは華麗に無視して直哉に艶然と笑いかける。
「ナオヤ様ってば案外可愛らしいお顔立ちですのね。頭もそこそこ冴えるのでしょう? わたくしの夫になるのに不足はありませんわ」
「ふふふ……ダメよ、クレアさん」
小雪は不敵な笑みを浮かべて人差し指を振る。
最愛の彼氏に粉をかける美少女なんて、排除すべき敵となるに違いない。今のような肉体的接触なんて最悪だろう。仁義なき戦いの幕はもう落ちる寸前だ。
だがしかし、小雪は余裕綽々だった。
直哉にぺったり張り付いたクレアに、得意げに胸を張ってみせる。
「その人は出会ったときからずーっと私に骨抜きなの。他の女の子になんて、一度も目移りしたことないんだから。そうよねえ、直哉く……直哉くん?」
小雪はふと直哉のことを見やる。
反応がなかったため、少し気になったらしい。
とはいえそれも仕方ない。
「お、おう……そうだな……」
直哉は赤くなった顔を、クレアから背けるのに必死だったからだ。
「っっ……タイム!」
小雪はクレアを引っぺがし、即座に両手でTの字を作った。
痴情のもつれに、そんなルールが適用されるのかは不明だが。
ともかく鬼の形相をした小雪によって、直哉はずりずりと隅まで引きずられていく。壁にだんっと押しつけられて、いわゆる壁ドンの形となった。
小雪は低い声で凄む。
「せめてもの情けよ。遺言があるなら聞いてあげるわ」
「ご、誤解だって。小雪が心配するようなことは何もないからさ」
「女の子から色目を使われて、彼氏が真っ赤になって……これのどこが問題ないのよ! 言い訳のしようもない重罪でしょうが!」
小雪は目をつり上げて吼える。
しかしそうかと思えばすぐにしゅんっと眉を下げ、後ろを向いてふて腐れてしまうのだ。
「ふんだ、直哉くんは絶対そういうのに引っかからないって思ってたのに見損なったわ。あれ、でも……ギャルモードの恵美ちゃんには平然としてたわよね? はっ、まさかクール系美少女ならなんでもいいわけ!?」
「それはあるかもしれないけど、俺が好きなのはクール(笑)系ポンコツ美少女の小雪だからなあ。あの子は全然タイプじゃないよ」
「だったらさっきのは何なのよ!」
「いやあ、だってあのふたり……」
直哉はそっと、遠くのアーサーたちを指し示す。
おろおろする兄と、つんと澄ました妹。
どこからどう見てもあれは――。
「明らかに、両片思いの義兄妹じゃん……なんか見てるこっちが恥ずかしくなっちゃって」
「…………はい?」
続きは明後日更新予定!
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