許嫁(仮)登場
かくしてそれから半月後の休日。
直哉は小雪とともに、最寄りの空港を訪れていた。イギリス出張から帰国したハワードを迎えるためである。
賑やかな国際線の出口から現れるや否や――。
「直哉くん!」
ハワードは直哉の両肩をがしっと掴み、真剣な顔で言った。
「色々と言いたいことはあるが……今回はどうか穏便に済ませてほしい!」
「お義父さんも、俺を何だと思ってるんですか?」
基本は『信頼できる義理の息子』だが、今は『あいつの息子だし容赦なく無双するんだろうな……』という辟易とした気持ちが読み取れた。
そんな父に、小雪はため息混じりにかぶりを振る。
「無理よ、パパ。直哉くんったら戦る気満々なんだもの。その婚約者とやらの命運は尽きたものだと思って諦めてちょうだい」
「そんな……! 私もよく知る家のお子さんなんだぞ!? こんな異国の地で再起不能にされては、親御さんに申し訳が立たん!」
「お義父さんも小雪も、いったいどっちの味方なんだ……?」
あまりの言われように、さすがの直哉も天井を仰ぐしかなかった。
白金家での認識がひょんなことから浮き彫りとなった。元々分かっていたものの。
小雪は眉をひそめて言う。
「だって誰の目から見ても死亡フラグなのは明らかなんだもの。さすがに同情するってもんでしょ。うちのお爺ちゃんに、無理やり日本まで送られた被害者なんだし」
「いや……日本に来るのは元々予定していたらしい」
「へ? そうなの?」
苦虫をかみつぶしたようなハワードの説明によると、どうやらその許嫁(仮)とやらは元々語学留学を予定していたようだ。日本文化にも造詣が深く、日本語も堪能らしい。
「なかなかの好青年でなあ、うちの父も前々から気に入っていたらしい。それで、私から直哉くんの話を聞いて『それならあいつを婿にした方が絶対にいい!』と思い立ったとか何とか」
「思い付きの勢いが凄まじいわね……その英国好青年とやらは断ったりしなかったわけ?」
「一応乗り気ではいるようだが……今は入国審査中だ」
ハワードがちらりと振り返るのは国際線のゲートだ。
そこから出てくる人々の人種は多岐に渡っている。しかし、それらしき人影はまだ見当たらなかった。
「うちの父から小雪の話を聞いて、彼も気に入ってくれたらしい。同い年というのもポイントだったようで……一緒に日本まで来る間、私も必死に説得したんだがなあ。まったく気は変わらなかったよ」
「俺を見てため息をこぼさないでください、お義父さん」
直哉はツッコミを入れつつも、顎に手を当てて「ふむ」と考え込む。
「でも、その許嫁(仮)とやらは日本語が喋れるのか……だったら攻略も楽そうだな」
「言語が通じなくても、なんとかなったと言いたげだな……」
「そりゃまあ、英語くらいどうってことないと思うわよ。最近はうちのすーちゃんと意思疎通もできちゃうし」
「これ以上ホースケのやつに似るのはやめてほしいんだがなあ……」
ますますげっそりするハワードだった。
ちなみに父の法介もまたそろそろ帰国する予定である。それをこの場で教えるのはやめておく。またイギリスにとんぼ返りするだろうと予想が付いたからだ。
「それよりお義父さん、早く駅に向かった方がいいんじゃないですか? 仕事の予定が詰まってるんですよね」
「そ、その通りだが……何で知ってるのか、とか聞くのは野暮なんだよな……」
「この場は私に任せて、パパ。どうにかこの人の手綱を握ってみせるから」
「頼むぞ、小雪……! 彼の暮らす寮はここだから、とりあえず案内してやってくれ! どうか穏便にな!」
ハワードは小雪にメモを手渡して、慌ただしく去って行った。
父を見送ってからその紙片に目を落とし、小雪はがっくりと肩を落とす。
「謀ったように家から近いわね……お爺ちゃんが手配したのかしら」
「十中八九そうだろうなあ。そのお爺さんご本人は来月来るんだっけ?」
「そうよ、外せない用事があるんですって。できたら早く来てほしいんだけど……直哉くんに会わせれば、一発で気に入るのは間違いないんだから」
「ははは、いくらなんでも俺を買い被りすぎだって。遠く離れて暮らす可愛い孫のことだし、お爺さんもおいそれと……あっ」
笑い飛ばそうとした直哉だが、ハッと気付いて真顔になる。
「なるほど……そんなお爺さんなら、十分くらいで落とせる自信があるな、俺」
「解説を挟む前に察さないでよ。その通りだと思うけど」
小雪はジト目を直哉に向ける。
ハワードの生家は、かつては貴族として名を連ねるような名家だったらしい。
そんな家の跡継ぎたるハワードが、日本人の女性と結婚したいと言い出した。
同じく良家の女性と結婚させたかったらしい父親はそれに激怒して、ふたりは喧嘩別れ。
勘当されたハワードはそのまま日本にやってきて白金家へ婿入りしたという。
日本とイギリス。
遠く離れた地ゆえ、親子の断絶は長く続くものかと思われたものの――。
「ほんっと、今でも語り草よ……生まれたばかりの私の写真を送った次の月、大量のベビーグッズを持って謝りに来たっていうんだもん」
「血だよなあ……」
どうやら勘当を言い渡したはいいものの、ずっと後悔していたらしい。
それが初孫誕生で爆発し、今では小雪の母・美空とも良好な関係を築いているらしい。
揉めたはずの跡継ぎ問題もなあなあになったという。
「つまり、お爺さんにとってそれだけ小雪が大事なんだな」
「だからって勝手に許嫁を宛がう? まったくいい迷惑だわ」
小雪はげんなりと肩を落とす。
しかしふといいことを思い付いたとばかりに口角を持ち上げてみせた。
「ああでも……これから来るのは英国の好青年なんだっけ。もしそっちの彼が本当にいい人なら、こんな変人から乗り換えるっていうのも悪くはないわね」
「それはないな。だって小雪は俺のこと大好きだし」
「なあっ!?」
挑発にマジレスを返せば、小雪の顔は真っ赤に染まる。
たとえどんなイケメンが来たところで、小雪の心は変わらない。
それが分かっているからこそ、直哉は降ってわいた許嫁(仮)話にもまったく焦ったりしなかったのだ。
あわあわする小雪の肩をぽんっと叩く。
「それに……小雪はもう、俺レベルの変人じゃないと満足できない体になってるだろ」
「人をゲテモノ好きみたいに言わないでよ!?」
「でも最近、俺以外の人と話してて『けっこう説明の手間がかかるのね……?』って違和感覚えることが多いだろ。俺だったら即座に察して相づち打つからさ」
「そういえばそんなこともあるけど……あれってあなたと付き合ってる後遺症だったの!?」
ガーンとショックを受ける小雪だった。
直哉は直哉で、自分の好きな子がますます自分色に染まっているので嬉しいばかりだ。小雪の顔をのぞき込んでにっこりと笑う。
「ま、そういうわけだからさ。今さら当て馬なんかじゃ俺たちの絆は揺らがないよ、安心してくれ」
「いや、私はちょっと交際を考え直したいわね……」
小雪は真剣な顔でぐいぐいと直哉を押し返す。
そんなふうにしてイチャイチャしていたときだった。
「きみがコユキさんだね?」
「へ?」
ふたり揃って振り返れば、そこに立っていたのは絵に描いたような美青年だった。
癖一つない金髪を短く切りそろえ、青空のように澄んだ瞳でこちらをまっすぐ見つめている。甘いマスクに微笑をたたえ、上質なスーツを完璧に着こなしている。
通りかかる老若男女が思わず振り返るほどのルックスである。
彼は直哉を完全に無視し、小雪に右手を差し伸べた。
「初めまして、アーサー・グレイブスと申します。これからよろしくお願いします」
「……あの、先に言っておくわね。色々とごめんなさい」
小雪は苦渋に満ちた面持ちで、一応その手を握り返した。
続きは明後日更新します。しばらく奇数日更新!
もう早いところでは三巻が出回っているようです。
今回は特に甘々に仕上げましたので、是非ともお早めにお買い求めください!!
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