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修羅場の結末

 よろよろと起き上がった小雪は、直哉のことを親の敵でも見るような目で睨む。

 

「ちょっと直哉くん! 協力してくれるはずじゃなかったの!? すーちゃんの考えてることが分かるんでしょ!」

「いや、さっきのは小雪の様子でなんとなく分かっただけだし……すなぎも本人の気持ちはそこまで明確に読めないって」


 なんとなく、固い意志のようなものは感じられる。

 だが、そこまでだ。その意志を覆すような方策はまるで見えてこなかった。

 そう素直に打ち明けると、小雪はますますしょぼくれた顔でうなだれる。

 

「そんなあ……このまますーちゃんに嫌われたままだったらどうしよう……」

「小雪……」


 思い詰める小雪を見ていると、直哉はひどく胸が痛んだ。

 イチャイチャしたいという思いは確かにある。しかし、小雪が苦しんでいることが直哉の胸に刺さった。

 

(小雪がこんなに悩んでるんだ……いい加減なんとか手を打たないとな)

 

 直哉は小雪の顔をのぞき込み、努めて明るく言う。

 

「大丈夫だ、小雪。すなぎももきっとそのうち分かってくれるさ」

「気休めはよしてちょうだい……すーちゃんはこのまま塩対応のままに違いないのよ」

「もしそうなっても安心してくれ」

 

 小雪の肩を励ますようにしてぽんっと叩く。

 縋るような目を向けてくる小雪に、直哉はきっぱりと言い放った。


「その場合は……俺が小雪のペットになるから!」

「……はい?」

 

 小雪がぴしりと固まった。

 その隙に、直哉は猫耳カチューシャをひょいっと奪って自分の頭に装備する。ファンシー可愛いアイテムはかなり気恥ずかしかったが、そんなことも言っていられない。


 猫耳姿の己を親指で示し、堂々と続ける。

 

「よし、予行練習だ。すなぎもの代わりに存分に可愛がってくれ」

「何が『よし』なの!? 何もよくないんですけど!?」

 

 真っ赤になって後ずさり、小雪は壁にぶつかってしまう。

 そんな彼女を直哉は追う。猫耳を付けたまま。

 

「すなぎもとはいつか仲直りできると思うけど、それまで小雪は寂しいだろ? でもかわりのペットを飼うなんて不義理できないと思うから、俺がペットの代打をする。何か不都合な点でもあるか?」

「澄んだ目で世迷言を吐かないでちょうだい! 単に私とイチャイチャしたいだけでしょ!?」

「いやまあそれも三割くらいあるけど、残りは本気でペットになりたいだけだから」

「けっこう高い割合だし、なおのことたちが悪い……! そんなのナシに決まってるわよ! 早くそのバカみたいなオプションを外し……」

 

 勢いよく捲し立てた小雪だが、ぴたりとその口を閉ざす。

 その理由を察し、直哉はにこやかにポーズを取る。

 

「あ、撮りたいんだな? いいぞ、心ゆくまで新しいペットの撮影会をしてもらっても」

「そ、そういうのじゃないから。後々脅しに使えそうだから撮っておくだけだし……」

 

 肉球グローブをぽいっと投げ捨て、直哉をパシャパシャと連写し始める。

 どんより淀んでいた小雪の目は、次第に輝きを取り戻していった。

 

「ふふふ……いいザマね。こんなの結衣ちゃんたちに見せたら何て言うかしら」

「好きにしていいぞ。そのときは、俺もさっき撮ったばかりの小雪の写真を出すだけだし」

「い、いつの間に……!?」

「あっ、でもあんなに可愛い飼い主の姿を他人に見せるのは、ペットとして惜しい気もするな……なあ、飼い主はどう思う?」

「知らないわよ! そんな観点から直哉くんのこと見たことないし……!」

 

 小雪はたじたじになって目をそらしてしまう。

 しかしその視線をゆっくりと戻したとき、その目はまた少しキラキラしていた。

 

「えっと……ほんとに私のペットなの?」

「もちろん。男に二言はない」

「やっぱり澄んだ目でろくなことを言わないわね……ふうん、そうなの」

 

 小雪はじーっと直哉のことを見つめて――。

 

「えいっ」

 

 直哉の頭に、ぽふっと手を乗せた。

 そのまま好き勝手にわしゃわしゃとなで回してから、ほんの少し眉を寄せる。

 

「ペットなのに、あんまりもふもふしてないわね」

「長毛種の猫に比べたらなあ……以降精進します」

 

 ペットの道は険しいらしい。

 ともあれ、かろうじて甘い空気にはなった。文句を言いつつも小雪は撫でる手を止めないので、ふたりの間で会話は止まり、穏やかな時が流れ――。

 

「なうっ!」

「えっ、すーちゃん……?」

 

 それを中断させたのは、すなぎもの鶴の一声だった。

 直哉の膝から起き上がり、小雪の足元でまたさらに鳴く。

 

「なうなう、なーん!」

「ええっ、すーちゃん何か怒ってる……? 直哉くんを取っちゃったから……?」

「いや……多分違うな」

 

 その様子をじっくり見つめて、直哉は顎に手を当てる。

 

「ひょっとしたら、嫉妬してるんじゃないか? 小雪が自分じゃなくて、俺なんかにかまうから」

「なっ……! ほんとに!?」

「確証はないけど……なんなら確かめてみたらどうだ」

「確かめる……ねえ」

「なーん!」

 

 じと目のすなぎもを見下ろし、小雪は少し考え込む。

 そうして、直哉の頭をもう一度撫で始める。今度はすなぎもに見せつけるようにして、やや大袈裟に。

 

「ごほん……ほーら、すーちゃん見てごらんなさい。私の新しいペットの直哉くんよ」

「なーう……」

「すーちゃんにはもふもふ具合で負けるけど、なかなか可愛いんだから。よーしよしよし」

「おう、存分に愛でてくれよな」

 

 直哉のことをわしゃわしゃと撫でる小雪を、すなぎもはじーっと穴が開くほどに見つめる。虎のように鋭い眼光だ。

 それに手応えを感じたらしい。小雪は直哉の胸ぐらを掴んで引き寄せて――。

 

「こーんなふうに、お膝にだって乗せちゃうし!」

「にうっ!?」

 

 膝枕を披露した。

 すなぎもの尻尾がぶわっと膨れて目を大きく見開いたかと思えば、直哉の額をてしてしと叩き始める。まるで『邪魔だ』とでも言っているように。

 名残り惜しいが、ここで引くのが大人の対応だろう。

 

「はいはい、分かった。どくよ」

「なうっ。なうなんなー!」

「すーちゃん……!」

 

 直哉から陣地を取り戻し、すなぎもは小雪の膝で得意げに鳴く。

 

「やっぱり私のペットはすーちゃんだけだわ……! 戻ってきてくれてありがとう、すーちゃん!」

「なーん」

「よかったなあ」

 

 ぎゅうっと抱きつく小雪の頬を、すなぎもはぺろぺろと舐める。

 当て馬の出現によってカップルの絆が深まる……よくあるあの現象が、直哉のすぐ目の前で繰り広げられていた。

 ため息をこぼす直哉だが――。

 

「直哉くんも本当にありがとう……! すーちゃんと仲直りできたのは直哉くんのおかげだわ!」

「うわっ!?」

 

 すなぎもを抱っこしたまま小雪が飛びついてきたので悲鳴を上げてしまう。

 不意打ちで赤面する直哉にはおかまいなしで、小雪はぎゅうぎゅうと拘束を強めてもう一度頭をわしゃわしゃ撫でてくる。

 

「さすがは私の彼氏だわ! 褒めてあげる! よしよし!」

「は、はあ……いろんな意味でありがとうございます?」

 

 直哉は目を白黒させて礼を言うしかない。

 ちょっとテンション高くて押され気味だが、密着した体の感触が非常にご褒美だった。

 服の上からでも分かるたわわな胸が目の前にあるし、何よりいい匂いがする。

 

(イチャイチャするって目標、なんだかんだで叶ったなあ……うん?)

 

 幸せに浸っていると、ふと気付けばすなぎもが直哉のことを見つめていた。

 飼い主が鬱陶しくなったのか、はたまたおやつの催促かと思いきや――その目は如実に、こう物語っていた。

 

『私はお役に立ったか?』

 

 それだけで、直哉はすべてを察した。

 すなぎもは部屋に入ってすぐ直哉の企みを見抜き、協力してくれたのだと。

 直哉は抱っこされたすなぎもに、深々と頭を下げる。

 

「ありがとうございました、すなぎも姐さん。今度改めてお礼の品を持って、挨拶にうかがわせていただきます」

「なーう」

「えっ、急に何? どうしたの、ふたりとも」

 

 事情の分からない小雪をよそに、すなぎもは『苦しゅうないぞ』とばかりに高らかに鳴いた。

 こうして直哉は新スキル・動物読心(今のところはすなぎものみ)を会得して、動物病院に連れて行く時の宥め役として毎度呼びつけられることとなった。

 ちなみに宿題は後日小雪が気合で終わらせた。

毒舌クーデレ第三巻、来月4/14に発売決定です!

今回のイラストもふーみ先生の描き下ろし。ぜひともよろしくお願いします。


次章、『小雪祖父襲来~祖父が連れてきた当て馬許嫁とその義理の妹が、どう見ても両片想いなんだけど~』編。来月始動予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 宿題は……?
[良い点] 更新、感謝です。サンキューすなぎも姐さん! 直哉くんがけものフレンズにならなくてよかった。
[良い点] なーう 3巻発売決定、おめでとうございます 発売日が楽しみです!!
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