猛毒の白雪姫は鎧をまとう
小雪はうつむいたまま、自嘲気味な笑みを浮かべてみせる。
「だから私は『猛毒の白雪姫』になったのよ。こんなキツい女にわざわざ近寄ろうなんて物好き、滅多にいないでしょうからね」
「えっ、けっこう告白されたりもしたって聞くけど?」
「みーんな一回限りで諦めるわよ。毎回こっぴどく振ってやるからね」
「でも白金会ってのがあるって聞くけど……?」
「は? 何よそれ」
小雪はきょとんと目を丸くする。
どうやら巽の言っていた非公式ファンクラブは、当人のあずかり知らぬところにあるらしい。もしくは実在しないか。
小雪は首をかしげつつも、小さくため息をこぼす。
「まあ、ともかく私はそんな女なの。強がってるだけの……他人にどう思われるかが怖い、弱虫なのよ」
弁当箱に視線を落としたまま、小雪は震えた声でこぼす。
その瞳はかすかに揺れて、今にも雫が溢れ落ちそうだった。
だから――直哉はあっさりと告げる。
「そんなことないさ」
「えっ」
小雪がハッと顔を上げる。直哉はあたりを見回して、中庭の片隅を指差してみせた。
「たとえば……ほら、あそこ。岩谷先生がいるだろ」
そこにいるのは生徒指導の岩谷先生だ。
大柄かつ厳しい顔つきの男性教師で、服装チェックを受ける生徒たちは青い顔で突っ立っている。
その見た目の通り、学園一厳しいことで知られる教師のひとりだ。些細な校則違反も見逃さず、生徒の前では一度たりとも笑ったことがない。
「……岩谷先生がどうかしたの?」
「あの人、ほんとはおっとりした性格なんだよ。だいぶ無理して生徒指導なんかやってるんだ」
「えっ、うそ」
「うそじゃないって。ほら、見てりゃわかる」
そんな話をするうちに、服装指導が終わって生徒たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまう。
それを見送って岩田先生は……小さくため息をこぼしてみせた。その顔に浮かぶのは疲れたような暗い色だ。しかしすぐに元どおりの険しい表情を作り上げ、校舎の方へと戻っていく。
おかげで小雪が目を丸くするのだ。
「ほ、ほんとに無理してるっぽいわね……全然知らなかったわ」
「だろうな。いつもは上手く装ってるから」
そのことを知っているのは一部の教師と、直哉くらいのものだろう。
岩谷先生は生徒たちはもちろん、同僚たちにも厳しく接する。そのせいで煙たがられているのが分かっていても、自分の仕事に取り組むため『鬼教官』のキャラクターで武装しているのだ。
「俺は人の考えてることがある程度わかるから、知ってるんだ。みんな多かれ少なかれ、白金さんみたいに鎧で武装してるんだ、って」
厳しい教師の鎧を。
誰にでも優しい聖女の鎧を。
人を近付けないため、皮肉屋の鎧を。
みんなそれぞれいろんな武装を持っていて、場面によって使い分けたりもする。
それはけっして悪いことではないし、生きるためには必ず必要になる装備のひとつだ。
「だから、白金さんは弱虫なんかじゃない。普通の女の子だ」
「笹原、くん……」
小雪はぽかんとしたまま、掠れた声を絞り出した。
そんな彼女の手に、直哉は自分の手を重ね、ゆっくりと語りかける。
「俺なら白金さんの本心が分かるからさ。クールにツンツンしてたっていいんだよ。それが白金小雪って女の子なら、俺は全力で受け止める」
「それが、白金小雪……」
小雪はしばしそのまま呆然としていたが……不意に、その顔がキリッとする。
おかげで直哉は首をひねるのだ。
(えっ、今のそこそこ頑張った口説き文句だったけど? なんでそんなキリッとしちゃうわけ?)
さぞかしうっとりしてくれるだろうと思っていたのに、思っていた反応と違っていた。
戸惑う直哉に、小雪は真面目な顔で告げる。
「あなたがそう言ってくれるのは嬉しいわ。でも、それなら……私も腹をくくらなきゃね」
「え、なにを……?」
「当然、決まってるでしょ」
小雪はぐっと拳をにぎり、大きな声で宣言する。
「私、自分を変えたい! もっと素直な女の子になってみせるわ……!」
「へ」
まるで予想外の方向にやる気をみせる小雪だった。