ちじょうのもつれ
「えっ?」
「なあっ……!?」
ぽかんとする夕菜とは対照的に、エリスの顔が真っ赤に染まる。
そんな光景を見つめながら、直哉はこっそりと嘆息した。
(おお、小雪が珍しく俺みたいに察しがいい)
どうやら直哉と一緒に過ごすうちに、察しのよさが多少はうつったらしい。
ともかく小雪が真相に気付いたようなので、直哉は静観を続けることにする。
話がこじれそうなら割って入る覚悟はあったが、なんとなく大丈夫な予感があった。
うろたえるエリスを、小雪は鋭い眼光で射抜く。
「本当は夕菜ちゃんのことが大好きなのに、意地を張ってるだけなんだわ」
「は、はあ!? そんなことありませんわ!」
エリスはしどろもどろになりながらも、キッと小雪を睨みつける。
「あなたにわたくしの何がわかるって言うんですの!」
「わかるわよ。私も似たようなものだし」
小雪は腰に手を当てて平然と言う。
「下手に意地を張ってもいいことなんて一つもないわ。ちゃんと元通りに仲良くしたいのなら、小細工なしで正々堂々と立ち向かわないと」
「っ……!」
「え、エリスちゃん……?」
エリスは息を飲み、そんな彼女を見て夕菜もまた顔を強張らせる。
しかし夕菜はもう一度決意を固めたらしい。ぐっと拳を握りしめて、真っ向から言い放つ。
「夕菜はエリスちゃんと、前みたいに仲良くしたい! 夕菜が悪いことをしたなら、あやまるから……なんでも言って!」
「夕菜さん……」
そのまっすぐな言葉は彼女の心に届いたらしい。
エリスは少し言葉を失って、つま先へと視線を落とす。
そうしてぽつりとこぼすことには――。
「わたくしは悪くありません。夕菜さんが悪いんですもの」
「うっ……ご、ごめん。でも、ぜんぜん悪いことをした心当たりがなくて……」
「なっ、ひどいですわ! 夕菜さんったら……!」
エリスはびしっと指を指す。
その先にあるのは、物販コーナーに並ぶにゃんじろーグッズの山である。
親の仇でも見るように目をつり上げて、エリスは叫ぶ。
「わたくしじゃなくて、こんなブサイクな猫を『かわいい』って言うんですもの……!」
「えっ?」
「えっ?」
夕菜と小雪がそろって声を上げた。
その反応に直哉は苦笑するのだ。
「あ、小雪もそこまでは気付いてなかったんだな」
「いやいやいや、よく分からないんだけど……いったいどういうことなの?」
「だってだって、夕菜さんはわたくしのこと、可愛いって、お姫様みたいって、いつも言ってくれたのに……」
エリスは小さくしゃくりあげながら、途切れ途切れに言葉をつむぐ。
日本に来て言葉も分からずとても不安だったこと。
そんなところに夕菜が話しかけてくれて、うれしかったこと。
毎日のように「かわいい」と言ってもらえて、それがとても誇らしかったこと。
やがてエリスは大粒の涙をこぼして告白する。
「それなのに、わたくしじゃなくて、あんな猫のことを褒めるなんて……他の子たちと、あんな猫のことで盛り上がるなんて……! そんなの、そんなの許せなくってぇ……!」
「あわわ。なかないで、エリスちゃん」
夕菜が慌ててエリスに寄り添い、ハンカチを差し出す。
外野の小雪はそれを見つめてぼやくのだ。
「えっと、つまりこれって……痴情のもつれってやつ?」
「正解。女子小学生同士だけどな」
直哉はあっさりとうなずいてみせる。
つまりエリスはヤキモチを焼いて、へそを曲げていただけなのだ。
しかもその対象がにゃんじろーだったので、夕菜には理由が分からなくても無理はない。
「エリスちゃん……」
泣きじゃくる親友をなだめながら、夕菜は口をへの字にして考え込む。
やがてエリスが落ち着いたころ。
夕菜は彼女の手を取って、まっすぐに言う。
「ごめんね、エリスちゃん。夕菜、エリスちゃんが悲しんでたのに、ぜんぜん気づけなかった」
「夕菜さん……」
「だから、これだけはちゃんと言っておくね」
「えっ」
夕菜はにっこり笑って、ド直球の言葉を投げかけた。
「にゃんじろーもかわいいけど……エリスちゃんの方がもっともーっと、かわいいよ!」
「ふぇっ……!?」
続きは明日更新します。
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次回更新は未定となりますが、また原稿等落ち着いたら再開いたします。気長にお待ちください。






