小さな熱い決意
(まあ、仕方ないよなあ。夕菜には心当たりがまったくないんだから)
ただ映画に誘っただけで友達との仲が拗れるなんて、予想だにしなかったことだろう。
エリスの態度が急に変わった理由が分からないせいで余計にもやもやするのだ。
「なるほどねえ……」
小雪は顎を撫でながら、夕菜の話を考え込んでいるようだった。
しばし三人の間に沈黙が落ちる。
店内では明るい笑い声がいくつも上がっていたものの、直哉たちのテーブルには直哉が紅茶をすする音だけが小さく響き続けた。
その沈黙を破ったのは小雪だ。
重々しく口を開き、簡潔に告げる。
「だったら夕菜ちゃんは……あの子とちゃんと話し合うべきだわ」
「……話そうとしたもん」
夕菜は顔をしかめてそっと目をそらす。
「でもエリスちゃん、夕菜が何言っても、意地悪で返してくるんだもん。にゃんじろーのこともバカにするし……」
その目の端に、小さな涙の粒が浮かぶ。
夕菜は乱暴に目元をぬぐって、力ないため息とともに言葉を吐き出した。
「きらいになりたくないのに、きらいになっちゃいそう。だからあんまりもう、お話したくないの」
「それでもダメよ。ここで諦めたら絶対後悔するわ」
沈み込む夕菜に、小雪はまったく譲ろうとはしなかった。
すっかり冷めてしまった紅茶に視線を落として、ぽつぽつと話し始める。
「お友達がたくさんいる夕菜ちゃんと違ってね……私は昔からずっとひとりぼっちだったの」
「? どうして?」
「意地っ張りな、嫌な子だったから。せっかく遊びに誘ってもらっても、照れ隠しに嫌なことばーっかり言ったり……とにかく失敗ばっかりしてたわ」
寂しそうに苦笑してから、小雪は胸に手を当てて続ける。
「夕菜ちゃんには、私みたいな寂しい思いをしてほしくないの。エリスちゃんと、ちゃんと話をしましょ。何としてでも仲直りするのよ」
「でも、エリスちゃんは夕菜のこと、きらいだって言うよ?」
夕菜はおずおずと口を挟む。
小雪の話を自分に重ねているようだった。
「自分をきらっている子と、ほんとに仲良くなれるかなあ」
「無理かもしれないわね」
「えええ……じゃあ、お話したって意味ないじゃん」
「それでも、何もやらずに後で後悔するよりずっといいでしょ」
青い顔をする夕菜に、小雪は平然と言ってみせた。
その手をテーブル越しにそっと握って、小雪は続けた。
「一度でダメだったとしても、諦めずにアタックあるのみよ! 絶対にぐいぐい行ってみせるの!」
「ふふ……わかったよ」
夕菜はくすくすと笑ってみせる。
ゆっくりと頭を上げたとき、その目にはもう涙は浮かんでいなかった。
かわりに宿るのは強い意志の炎だ。ぐっと拳をにぎりしめ、夕菜は高らかに宣言する。
「夕菜、もう一回エリスちゃんと話してみる! なかなおり、する!」
「うん! 偉いわ、夕菜ちゃん!」
小雪もそれにぱあっと顔を輝かせた。
重く沈んでいた空気は一変し、ふたりの表情はとても明るい。
それを見て、直哉はほっと胸をなで下ろすのだ。小雪に任せた手前、口出ししないと決めていたが、すこしハラハラしてしまった。
(すごいなあ、小雪……あんなにまっすぐ、自分の思ってることをちゃんと伝えられるようになったんだから)
少し前までの彼女なら、きっとあたふたした末に苦し紛れの毒舌が出てしまったことだろう。
自分と似たような境遇の夕菜だからこそ、ちゃんと腹を割って話せたのかもしれない。
どちらにせよ、小雪はちゃんと進歩している。直哉はそう感じることができた。
「それじゃあ作戦会議ね。週明けに学校であの子とどうやって話をするか、私と一緒に考えましょ!」
「うん! ありがとね、小雪ちゃん!」
夕菜と一緒にメラメラと闘志を燃やしていた。
ふたりが自分たちの力で結論を出したのなら、そっと背中を押すことも必要だろう。
だから直哉は沈黙を破り、彼女らの話へ口を挟んだ。
「週明けまで待つ必要はないと思うぞ」
「えっ、どうして?」
「あの子が行きそうなところなら、俺には簡単に分かるからな」
きょとんと目を丸くするふたりに、直哉はにやりと笑った。
続きは明日更新します。
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