一緒に『お風呂』
「もー、だめよ。小雪ちゃん」
そこに夕菜が割って入ってきた。
ふたりの手をやんわりとほどき、小雪の頭を撫でてにこにこと笑う。
「パパはつかれてるんだから、ママといっしょにあそびましょうねー」
「えええっ!? で、でも、私もパパと……」
「わがまま言って困らせちゃだめよー、小雪ちゃん」
「うううっ、ママのいじわる……!」
有無を言わせぬ夕菜の威圧に、小雪はたじたじだ。
子供役のロールプレイと言うよりも、完全に素である。
そこに直哉は慌てて助け船を出した。
「えっと、夕菜。俺は平気だから。たまには小雪と遊んでやりたいなーって」
「パパ……!」
「もう! あなたったら、いっつもそうやって小雪ちゃんを甘やかすんだから!」
「それ絶対、夕菜のところのお父さんが言われてる台詞だろ……」
板に付いた台詞に、夏目家の家庭事情が浮き彫りになってしまった。
夕菜は頬を片手に当ててため息をこぼし、やれやれとかぶりを振る。
「ほんとに小雪ちゃんには甘いんだから。でも、それならいいわ。ふたりで一緒におふろに入っちゃいなさい」
「ああ、了解…………風呂!?」
「えええええ!?」
直哉も小雪もぎょっとして凍り付く。
しかし夕菜はどこ吹く風で、和室の隅を示してみせた。
「ほら、はやく入っちゃって。そこがおふろね」
「あ、風呂ってそういうことか……」
「よ、よかったあ……」
これがごっこ遊びだということを、一瞬完璧に忘れてしまった。
指示された『風呂場』に向かいつつも、小雪はげんなりと肩を落としてみせる。
「もう……いつまで続くのよ、このおままごとは」
「夕菜が満足するまでかな。もうちょっとで終わると思うからさ」
「仕方ないわねえ。まあ、小さな子に付き合ってあげるのも大人の務めよね」
「ああうん。そうだな。うん」
髪をかき上げて鼻を鳴らす小雪に、直哉は生返事をするしかない。
大人と言う割には子供役がとても板に付いている……なんて素直な感想をこぼしそうになったが、怒られるのが分かっていたので胸の内にしまっておく。
ともかく『風呂』に入ることにした。
和室の隅に体育座りして、直哉は大仰な吐息をこぼす。
「はー。いいお湯だなー」
「えーっと、それじゃあ私は体を洗って……」
その隣に小雪もちょこんと腰を下ろして、二の腕をこする。
お風呂のシーンとしてはそれらしいものだろう。だが、しかし――。
「こら! 小雪ちゃん!」
「ふぇっ!?」
そこで怒声が飛ばされた。
びくりと身をすくめた小雪のことを、夕菜は目をつり上げて叱る。
「ちゃんとしっかり洗いなさい! めっ!」
「えっ、えええ……しっかりって言われても……」
「ママの言うこと聞かないと、おやつ抜きにするよ!」
「うう、や、やるわよぉ……」
小雪は戸惑いつつも、真面目にちゃんと洗うふりをする。
まずは髪留めを取って、シャワーを取って髪を濡らす……ふり。手のひらでシャンプーを泡立てて、髪を洗う……ふり。トリートメントのふりも入念だ。
それを直哉は隣でぼんやり見つめてしまう。
(最初は頭から洗うのかー……)
そのまま小雪は体も洗い始める。腕や腋、首筋や耳の裏……。
ちゃんと服を着ているし、そもそも場所は和室だ。
それなのに本当に風呂を覗いているような、妙なやましさを覚えてしまう。ドギマギしている内に、小雪はひととおり体を洗い終えた。
それを見届けて夕菜が満足げにうなずく。
「よろしい。それじゃ、ちゃーんと百数えてからあがるのよー」
「わ、わかったわよ……ほら、直哉く……パパ、ちょっとどいて」
「うぇっ!?」
当然のように小雪がやってきて、直哉の足の間に収まった。
おままごと的には親子仲良く湯船に入る図式だ。
だがしかし実際には、好きな子を後ろから抱きすくめるような形になって――。
(何だ、このシチュエーションは……!)
直哉はごくりと喉を鳴らし、両手の置き場に困った末に膝へと乗せる。
後ろから見る小雪の耳は完全に真っ赤に染まっていた。
最近プールやお見舞いなどのイベントで急接近することが多いものの、やっぱりまだ慣れることはない。それは直哉も同じで――。
「えっと、いーち……にー……」
「さーん……しー……」
ふたりはぎこちなく数を読み上げていった。
三十半ばで夕菜が飽きたので早めに解放されたが、それが救いでもあり、残念でもあった。
ともかく『風呂』から上がって、小雪はがっくりとうなだれる。
「うううっ、恥ずかしかったあ……もうおままごとなんて、絶対やらないんだから!」
「ま、まあまあ。小雪はよくやったよ」
直哉はぽんっと肩を叩いて慰めるしかない。
そこに夕菜がとてとてと近付いてきて、満面の笑みで小雪の頭を撫でてみせた。
「うん、ばっちり! いい子ねー、小雪ちゃん」
「えっ、いい子?」
「もちろん。ママとパパの、じまんの子よー」
「そ、そう?」
小雪は目を白黒させていたものの、すぐに照れくさそうに頬を赤らめる。
「えへへ。聞いて、パパ。ママに褒められちゃったわ!」
「小雪、戻ってこい小雪」
道を踏み外しかける小雪のことを、直哉は軽く揺さぶって諭した。
子供役がはまりすぎていて、これ以上はまずい。
「ほら、おままごとはもういいだろ。次は何して遊ぶ?」
「うーん。それじゃ、夕菜お外に行きたいかも」
「外って公園か?」
「ええ……暑いんだからおうちにいましょうよ」
小雪は窓から照りつける日差しを見てげんなりと言う。
しかし夕菜は「公園じゃないよ」と首を横に振った。
「えーっとね、ここなんだけど……」
「なんだ、ショッピングモール?」
夕菜がごそごそと取り出すのは、近所のショッピングモールのちらしである。
先日、小雪と初デート(妹同伴)をした場所だ。
それを裏返して、夕菜は顔を輝かせて言う。
「今日はここに、にゃんじろーが来るの! 結衣おねーちゃんは、直哉おにーちゃんに連れてってもらいなさいって言ってたよ!」
「行きましょ、直哉くん!」
「子守かける二かあ……」
キラキラ顔でせがまれて、直哉は苦笑するしかなかった。先日一緒に見たお子様向けアニメ映画の主人公が、小雪はよほどお気に召したらしい。
続きは明日更新します。
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