白雪姫の弱み
その日の昼休み。
直哉と小雪は中庭にやってきていた。
空は晴れ渡っていて、中庭にはほのぼのとした陽気が満ちている。一面に敷かれた芝生の上のあちこちでは生徒たちがレジャーシートを広げており、弁当を食べたり、ゲームをしたりそれぞれの時間を過ごしていた。
この学校はそこそこの偏差値があるものの、自由な校風で知られている。
おかげで生徒数はやたらと多く、憩いの場は数多い。
賑わう中庭を見回して、小雪は小首をかしげてみせる。
「あ、あら。夏目さんたちは?」
「ああ。ふたりは別なんだ」
お昼を一緒に食べようと約束したのは、今朝の登校途中のタイミングだ。もちろんそのとき、結衣や巽も一緒にいた。
だが、直哉は軽く肩をすくめてみせる。
「昼くらいは白金さんもゆっくりできた方がいいかと思ってさ。俺がさっき連絡して、席を外してもらったんだ」
「な、なんでまた……って、ふーん。わかったわよ」
小雪は小悪魔めいた笑みを浮かべて、直哉の顔を覗き込む。
「私と二人きりになりたかったのね。ふふ、ずいぶんいじらしいじゃない」
「いやまあ、それは否定しないけどさ」
「ぐぅ……ま、真顔でうなずくのはやめなさいよね」
すぐにたじろぎ、渋い顔をする小雪だった。
昨日からわりと気付いていたが、反撃されることに慣れていないらしい。
もごもごする小雪に、直哉は苦笑を向ける。
「だって白金さん、人見知りだろ。結衣たちがいたら緊張して、飯もろくに食えないんじゃないかと思ってさ」
「…………」
その瞬間、小雪の顔がぴしりと凍りついた。
しかしすぐ気を取り直したようにクールな笑みを浮かべてみせる。
「……ふっ、おもしろい冗談ね。この完璧な私が人見知りですって? そんな子供じみた属性あるわけ――」
「あ、結衣。やっほー、やっぱ一緒に食うか?」
「ひゃうっ……こ、こんにちは夏目さん……って、あら?」
縮こまり、小雪はあわてて背後を振り返る。
しかし、もちろんそこに結衣の姿は見当たらない。
小雪はきょとんと首をかしげるのだが、すぐにハッとして直哉に詰め寄る。
「だ、騙したわね……!? 卑怯者!」
「こんな分かりやすい手に引っかかるところも可愛いんだよなあ……」
直哉は小さくため息をこぼす。
すると小雪は勢いをなくして、しゅんと小さくなってしまうのだ。
「うう……こうなったら言うけど……実はその、ちょっと、人とお話するのとかが苦手で……うう……」
「素直でよろしい」
そんな彼女の肩を、直哉はぽんっと叩いてみせた。
ふたりは木陰に移動して、空いていたベンチに並んで座る。そうして弁当を広げると……小雪がぽつぽつと話し始めた。
「昔から、その……私って、なんでもできたのよ。勉強でも、スポーツでも」
「へえ、やっぱ白金さんはすごいな」
「うん……でも、問題もあって」
小雪は暗い顔で、卵焼きをちまちまとかじる。
「みんな私のことを、凄いって褒めてくれたわ。でも私は……なんでみんながそう言うのか、よく分からなかったのよね。私にとっては『できる』のが普通だったから」
「それ、そっくりそのまま言ったんだろ」
「……うん。みんな変な顔してたわ」
小雪はしょんぼりと眉を寄せる。
直哉にとっても、その光景が目に浮かぶようだった。
「そんなことばっかり繰り返してたら、人と話すのが怖くなっちゃって……また失敗するんじゃないかって、不安でたまらなくなるのよね」
「でも、俺とはふつうに話せるじゃん? こんなふうにさ」
「あなたは、その……」
小雪はすこし考え込んで――膝の上の弁当箱に目を落として、ぽつりと言う。
「あなたには取り繕ったって無駄でしょ。だから……肩の力を抜いて話せるのかも」
「……そっか、光栄だよ」
直哉はそれに笑みを返した。
元は病床の母のため身につけたスキルではあるものの……素直になれない彼女に寄り添うことができるのなら、磨いて良かったとしみじみ思えた。