アブノーマルなおままごと
それから五分後のこと。
廊下に出た直哉は、小さく息を吸ってからふすまを開けた。
「えーっと、ただいまー」
「おかえりなさい!」
それを出迎えてくれるのは、満面の笑みを浮かべたに夕菜だった。
直哉から学校鞄を受け取って、少女はにこにこと続ける。
「おつかれさま、あなた。ごはんにする? おふろにする? それとも……夕菜!?」
「そうだなあ、ご飯にしようかな」
「はーい!」
夕菜は元気よく返事をしてみせた。
幸い意味はよく分かっていないようなので、そこは安心する。
菓子盆から小皿へとお菓子を盛り付けていく夕菜を横目に見つつ、直哉はちゃぶ台の前に腰を落とす。その隣にいた小雪に笑顔を向けるのだが――。
「小雪も今日はどうだった? いい子にしてたか?」
「……いい子に決まってるでしょ」
小雪はむすーっと頬を膨らませて、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
その首には『こども』という夕菜お手製のプレートがかけられていた。
お嫁さん役を賭けたジャンケンは、見ていて清々しいほどに小雪の敗北で終わった。
一回目にストレート負けをして、夕菜に頼み込んで三本先取ルールに変えてもらって、そのままスムーズに負けたのだ。
展開を予想していた直哉も、さすがにかけるべき言葉を見失った。
やると決めたからにはきっちり付き合うつもりらしいが、完全にへそを曲げてしまっている。お嫁さん役を取られたのがよほど不服らしい。
(嫉妬されること自体は大歓迎なんだけどなあ)
それはそっくりそのまま好意の表れだ。
いくら心が読めるといっても、やはり実際態度に出ると嬉しさが段違いになる。
だから、へそを曲げた小雪のことも微笑ましく見てしまうのだが――。
「はい、あなた。お夕飯どーぞ」
「あ、ああ。ありがとう、夕菜」
横手からお菓子の載った皿を差し出され、直哉は顔を上げる。
すると真正面に座った夕菜が期待のこもった眼差しを向けてきた。
何を求められているのかすぐにわかったので、直哉はチョコ菓子をひとつ口の中へ放り込み、にっこりと笑ってみせた。
「うん。美味しいよ、やっぱり夕菜は料理上手だなあ」
「ほんとに? わあい! だんなさま、だーいすき!」
「うぐううう……」
ぱあっと顔を輝かせる夕菜だ。
一方、小雪は唇を噛みしめてぷるぷると震える始末。
嫉妬されるのは嬉しいものの、ちょっと心配になるほどの狼狽ぶりだった。
(うん……おままごとは適当に切り上げた方がよさそうだな)
これ以上は小雪の身が持たなさそうだ。
夕菜が満足するまで一通り夫婦ごっこを付き合って、次の遊びを提案しよう。
「えーっと、それじゃあ夕菜……うん?」
そう決意して夕菜の顔をのぞき込むも、隣から控えめに袖を引かれた。
顔を向けると、小雪はどこか覚悟を決めたかのような面持ちで――。
「…………パパ」
「へ」
突然、こんなことを言い出したのだ。
おかげで直哉はぴしっと凍り付いてしまう。
小雪は羞恥で瞳をうるませて、つっかえながらもお願いする。
「パパ……わ、私とも、一緒に遊んでよね……?」
「遊びます……!」
その手をがしっと握って直哉は即答した。
小雪が子供役で、直哉は父親役。
だからその台詞は何も不思議ではないのだが……ぐっとくるシチュエーションだったことは間違いなかった。
(すみません、お義父さん……!)
小雪の父・ハワードの顔が脳裏をちらついたので、心の中でなんとなく謝罪しておく。
続きは明日更新します。
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