恋のキューピッド様は心が狭い
「えっ、彼が恋のキューピッド……? そんな器用な人には見えないんだけど」
「まあ……ぶっちゃけ力技だったけどさ」
肩をすくめてから、結衣は遠い目をする。
「中学も卒業間近ってときにさあ、三人で帰ってるときに急に直哉が言い出したんだよね。『ところでおまえら、いつになったら付き合うんだ?』って」
「うわあ……」
小雪がドン引きの声を上げる。
まぎれもない事実だが、直哉には直哉の言い分というものがある。
幼稚園のころから三人一緒で、察しのいい直哉でなくても結衣と巽が思い合っていることは明白だった。
それなのにどちらも行動を起こそうとはしないのだ。幸い三人とも同じ高校に進学することは決まったが、環境が変われば自然と距離も変わるはず。
だから直哉がそっと背中を押した。
それだけの話である。
(まあうん。やり方は他にもあったかなーと思わなくもないけど)
結果としてふたりは付き合いだして、一年以上経った今でもいい関係を築いている。
「まあ、そんな感じであいつってばデリカシーはないし、隠し事はなんでもかんでも見抜いちゃうし、お節介で厄介なやつだけどさあ」
「わかる……」
重々しくうなずく小雪だ。
しかし結衣はにこやかに続ける。
「でも、いい奴だからさ。よろしくね」
「…………知ってるわ」
小雪は小さな声でぽつりとつぶやいた。
どこか噛みしめるようなその言葉が、直哉の胸に染み渡る。
そんななか、結衣はちょいちょいと後方を示してみせた。
「ちなみにこの会話……たぶん直哉に筒抜けだと思うよー」
「えっ!? 嘘でしょ、この距離で……!?」
慌ててこちらを振り返る小雪に、直哉は軽く手を振って応えた。
その隣で、巽は呆れたように目をすがめてみせる。
「おーおー、見せつけてくれやがって。仲良いことは結構だけどよ、おまえ……マジで気を付けろよ?」
「交通事故とかにか? まあたしかに、これだけ幸せ絶頂だと落差が怖いよな……」
「ちげーよ。俺が言いたいのは白金会のことだ」
「……なんだそりゃ」
直哉は目を丸くするしかない。名前からして小雪絡みだろうが……。
怪訝な顔をする直哉に、巽は真剣な口調で語る。
「どうやら非公式ファンクラブってやつらしい。メンバーの中には『猛毒の白雪姫』に手酷くフラれたやつらも混ざっていて、白金さんに近付く男に目を光らせているとか、なんとか」
「えええ……そんなラノベとか漫画みたいなファンクラブ実在するのかよ……」
「その、ラノベとか漫画に出てくるような美少女とフラグを立てたおまえが言うのか?」
「…………返す言葉もないな」
直哉は力なく首肯するしかない。
たしかに小雪は美少女だ。フラれた生徒も多いと聞く。
そうなると直哉が彼女とお近づきになった今……そうした者たちから横槍が入る可能性は十分にあるだろう。
「だから、引き返すなら今しかないと思うぞ」
「悪いけど……それはできないんだよなあ」
巽の助言に、直哉は軽くかぶりを振った。
ふと前を向けば、小雪の後ろ姿が見える。
結衣となにげない話に花を咲かせ、くすりと小さく笑う。その笑顔も、口元に添える手も、すこし下がった目尻も、なにもかもが強く直哉の目に焼き付いた。
たった二日前に出会ったばかりのはずの女の子なのに、そんなふうにして見つめているだけで『好き』という気持ちが後から後から湧いてくる。
その想いを無かったことにするなんて、考えられるはずもない。
「俺も本気で白金さんが好きなんだ。どんな敵が現れようと、諦めることはできないな」
「まさか、冷めてたおまえがそこまで言うとはなあ……」
巽はかすかな感嘆をこぼし、直哉の肩に腕を回してからかうように笑ってみせる。
「そんじゃ、骨は拾ってやるからせいぜい頑張れよ。オレも結衣がいなきゃ狙ってたんだけどなあ。いやー、残念だよなあ」
「はあ……」
高校入学前に、結衣とくっつけておいてよかったなあ、と直哉は心底思った。
その気もないのに小雪にアタックする巽をなだめたり、それを見てモヤモヤする結衣をそれとなーくフォローしたり……そんな面倒なミッションが確実に発生していただろうから。
(あと単純に……ほかの男が白金さんに言い寄るとか、死ぬほどムカつくもんな……)
直哉はこのとき、意外と自分の心が狭いことに気がついた。