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110/212

今度は小雪が風邪をひく

 それから生乾きの服を着て、ふたりは鈍行列車に飛び乗った。


 結局寄り道もせずにまっすぐ目的の駅まで向かい、タクシーを拾ってくだんの別荘地へたどり着いた。

 別荘は聞いていた以上に閑静な場所にあり、隣の家との距離もずいぶん離れている。

 通りかかるのは大型犬を散歩する近所の人くらいで、とても落ち着いた場所だった。それでも徒歩十分の場所にコンビニがあるという。


 先に法介たちが着いていたので、別荘の準備は万端だった。

 夕飯は近くのイタリア料理店から買ってきたピザで、この地域でも評判の味はたしかに美味かったが……直哉はろくに喉を通らなかった。

 楽しいはずの旅行に、暗雲が立ちこめ始めたからだ。


「へくしゅんっ!」


 すっかり日も落ちたころ、別荘の広々としたリビングに特大級のくしゃみが響き渡った。

 それとほぼ同時にピピッと電子音が鳴る。

 小雪から体温計を受け取って、白金家の母、美空は眉をひそめてみせた。

 

「七度六分。見事に風邪を引いたわねえ」

「か、風邪じゃないもん……」


 ブランケットでぐるぐる巻きになりながら、小雪は鼻をずずっとすすって反論する。

 そうは言っても鼻は真っ赤だし目はとろんとしていた。夕飯前からぼんやりしていたので直哉は心配していたのだが、予感は的中したらしい。


(まず間違いなく、昼間のあれのせいだよな……)

 

 雨に降られて、服を脱いで、あたため合った。おまけにキスしていいか聞いてしまった。

 冷えてドキドキしすぎて、温度差で体調を崩したらしい。

 直哉は小雪の両親に向かって、誠心誠意頭を下げるしかない。


「すみません、お義母さん、お義父さん……俺がついていながら……」

「何を言うか、直哉くん」


 それにハワードが重々しくかぶりを振った。

 真剣な顔で直哉を見据えて問いかけることには――。


「きみはうちの小雪を、児童誘拐未遂事件やら宝石窃盗未遂事件に巻き込んだかね?」

「い、いえ……?」

「では、乗客のひとりが列車の乗り換えを巧妙に利用し、傷害事件のアリバイ工作を行っている最中であることを見抜き、大捕物を演じたりなどは?」

「あるわけないです」

「だったら上出来だ。きみに小雪を預けて良かった……!」

「そっちは大変だったみたいですね……」


 どうやら今言ったとおりの事件の数々に出くわして、それを法介が未然に防ごうとして……いろいろあったらしい。

 格闘技は一通りマスターしているし、機転も利くので複数人をあしらうくらいは朝飯前だ。

 そこに法介がにこやかに口を挟む。


「いや、そうは言いますが今日はまだ平和な方だったでしょう、ハワードさん。何しろ銃を向けられなかったので」

「本当に、ここが日本で良かったと心底思う」


 法介を睨みつけるハワードのこめかみには、絆創膏が張られていた。大捕物になし崩しで協力したらしい。

 その隣で、美空と朔夜が顔を見合わせてきゃっきゃとはしゃぐ。


「噂に聞いていた以上だったわよね。年甲斐もなくなんだかワクワクしちゃったわ」

「同感。まるで映画の世界だった。先生へのお土産話がたんまり増えた」

「ああ、朔夜さんは桐彦くんのところでアシスタントをしているんですね。私の話で良ければ好きに使ってくれていいですよ」

「おまえはうちの家族とこれ以上接点を持つな! というか……キリヒコとは誰だ!?」

「私の将来のお婿さん」

「聞いていないぞそんなこと!?」


 朔夜の衝撃発言にハワードは白目を剥いて絶叫する。心労がとどまることのない彼に、直哉もちょっと同情した。

 そんな家族を横目に見ながら、小雪はブランケットで口元を隠しながらもごもご言う。


「ううう……明日までには治すもん……」

「いや、無理するなって。まだここに十日くらいいるんだし、一日くらい寝ててもいいだろ」

「だってだって、直哉くんと一緒に遊ぶんだもん……いっぱい遊べるところ調べてきたのに……」


 そう言って持ち出すこの辺りのガイドブックには、付箋が大量に貼られていた。

 その数が直哉との旅行に対する期待度を如実に表していて――さすがにかなり不憫になる。

 弱っているせいか、いつも以上に素直で甘えん坊だし。

 直哉はそんな小雪の顔をのぞき込む。


「じゃあ……俺が看病するって言ったら、大人しく寝てるか?」

「へ」


 きょとんと目を瞬かせる小雪に笑いかけ、頭をぽんぽん叩いてみせた。


「風邪引いたの、俺のせいだろ。だから明日は俺がつきっきりで見てるよ」

「えっ、で、でも……」

「あら、それはいいわね」


 小雪は戸惑いの声を上げるものの、直哉の母、愛理はにこやかに首肯する。


「私たち、明日は海の方を見に行く予定なの。でも直哉たちはもう遊んできたんでしょ? だから小雪ちゃんはその分しっかり寝ていなさいな」

「でも、直哉くんに悪いですし……」

「俺は小雪と一緒にいれたらなんでもいいよ」

「……ほんとに?」

「うん。ほんと」


 その言葉に嘘はなかったし、小雪にもそれが伝わったのだろう。

 小雪は視線をそらしつつ……それでも小声で、しっかり言った。


「じゃ、じゃあ……お言葉に、甘えよっかな」

「よろこんで」

続きは明日更新!

ブクマあと500ほどで一万ブクマです。多くの方に読んでいただけて大変嬉しいです!

書籍も来週発売予定なので、お見かけしたらよろしくお願いいたします!


ちなみにリクエストで『直哉が風邪を引く』と『小雪が風邪を引く』両方いただいていたので、今回順々にクリアしました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 鬼海星オニヒトデらっこはたべる 海酸漿うみほおづき口に入れて鳴らすもの 皮海豚 河豚ののまつがい 河豚と海豚がまざって変換エラー あらためて河豚の肝の糠漬け召し上がれ
[良い点] 看病で風邪が往復 次は小雪ーーーー無限連鎖 [一言] 鬼海星 海酸漿 皮海豚 召し上がれ
[一言] 親の前なのにすごいね……
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