共犯
市内中心部の駅は、さすが夏休み最初の土曜ということもあって遊びに行く人々でごった返していた。
旅行カートを引く家族連れ、プールに行くらしい学生たち、手を繋いで歩く恋人たち。
空も快晴で、絶好の旅行日和だ。
そんな楽しげな空気が満ちるホームの待合室で、小雪はいまだにふてくされていた。
「まったくもう、人をからかってそんなに楽しいのかしら」
「だから悪かったって」
直哉は隣で苦笑する。
あれから一時間ほど経ったが、朝の一件から小雪はずっとご機嫌斜めだ。どうやらからかいすぎたらしい。
直哉は買い求めたばかりのお菓子の箱を開け、小雪に渡す。
「ほら、せっかくの旅行だし楽しく行こうぜ」
「むう。お菓子で釣ろうったって、そうはいかないんだから」
そうは言いつつも、小雪はお菓子をつまむ。
好きそうなコンビニの新商品を見繕ってきたので、威力はなかなかのものだった。ひとつふたつと口に入れる度、小雪の表情が緩んでいく。直哉はそんな小雪の指をじーっと見つめる。
そんなふたりのすぐ正面には、笹原家と白金家が集結していた。
「初めまして、小雪の母です。直哉くんにはいつもお世話になっておりまして」
「いえいえ、こちらこそ。ハワードさんにはイギリスでお世話になりました」
小雪の母・美空と直哉の母・愛理はにこやかに保護者トークを繰り広げる。
その真横で、ハワードは真っ青な顔で法介を睨むのだ。
「いいか、今回は面倒ごとは無しだ。分かったな」
「もちろんですよ。直哉たちもいますし、大人しくしています」
「それならいいが……って、待て。どこへ行く」
「いえ、あちらのご婦人がお困りのようなので、お力になれないかと。切符を紛失したようですね」
「言った矢先に首を突っ込むなというに……! ええい、早く見つけて差し上げるぞ!」
なんだかんだ文句を言いつつ、法介に付き合うハワードだった。
そして、朔夜はそんな自分の父を見て――。
「なるほど。こういうヒロインもありかもしれない。ツッコミ系良妻ヒロイン。先生にネタを提供できるかも」
何やら真剣にメモを取っていた。
実の父を美少女化することには、一切抵抗がないらしい。見境がないとも言える。
そんなこんなでふた家族でまったりしているうち、ホームに特急列車がやってきた。
それとほぼ同時に法介たちも戻ってきて、全員揃って車両の入り口に並び始める。
直哉も荷物を持って立ち上がった。
「ここからこの特急で一時間半だってさ」
「ふうん、けっこう長いのね」
「まあでも、こういう移動時間もいいものだろ。景色を見たり、わいわい騒いだりしてさ」
「……ふうーん」
それに、小雪は気のない返事を返すのだった。
直哉が首をかしげる暇もなく――小雪は自分の荷物を持って、乗車口とは逆の方へ向かう。
「私ちょっと売店見てくるわね。先に乗っててちょうだい」
「出発まであと十分だよ、お姉ちゃん。早くしてね」
そんな姉に朔夜が声をかける。
直哉は頰をかいて苦笑するしかない。
「あー……俺も一応ついていくよ」
「そうか。気を付けるんだぞ、直哉」
法介がにこやかに手を振って見送ってくれた。
かくして直哉は小雪を追いかけて、ホームの小さな売店に向かう。
中にはお弁当などを物色する人々が多くいたが……小雪はその店の外で、どこか所在なさげに観光ポスターを見つめていた。
「小雪、急ごうぜ。何が欲しいんだ?」
「えっ、えっと……」
小雪はあちこちに視線を彷徨わせる。
しかし一向に店の中へ入ろうとはしなかった。
そのままふたりは売店の外で、黙ったまま時間が過ぎるのを待つ。
「ほんとは、ね……」
やがて小雪はぼそぼそと言葉を紡ぐ。
その頰はほんのり桜色に染まっていて、口元に浮かぶのは悪戯っぽい笑みだった。
「みんなと一緒じゃなくて……直哉くんと、ふたりきりで電車に乗りたいな……って」
「うん。そう言うと思ってたよ」
「ふふ……私も、追いかけてきてくれるって思ってたわ」
機嫌は完全に直ったようで、小雪は満面の笑みを浮かべてみせて――それと同時に特急列車の発車ベルがホーム中に鳴り響いた。
続きは明日更新します。
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