夏休みの早朝に
夏休みが始まって、最初の土曜日。
「うん……?」
直哉が自室のベッドでまどろんでいると、小さな物音が聞こえてきた。
玄関が開く音。母親の話し声。
そうして続くのは、そろりそろりとした控えめな足音だ。
その足音がまっすぐ向かうのは、直哉の部屋で。
(……よし、狸寝入りしよう)
そろそろ起きようと思っていたが、こうなってくると話が違ってくる。
直哉は手早く布団を整え、目をつむって客人を待つ。
開け放った窓からは朝の爽やかな風が差し込んで、カーテンをゆらゆらと揺らす。セミたちの鳴き声もまだ控えめで、実に爽やかな夏の朝だった。
そんな中、ついに部屋の扉が開かれる。
「おじゃましまーす……」
小声で入ってくるのは、もちろん小雪だ。
寝起きドッキリを仕掛けようというのに、きちんと断りを入れるあたりが律儀だった。
薄目を開けて確認すると、今日はとびきりおめかししていた。
夏らしい薄手の白いトップスに上品な花柄スカート。腕には細いブレスレットがきらりと光り、小物も手を抜かない徹底ぶりだ。
サンダルで来たのか、下は生足である。
そして、その手の指を飾るのは……これはあとで聞くとしよう。
足音を立てないように気をつけながら、ベッドのそばまでゆっくり歩いてくる。
そうして直哉の枕元に腰を落とした。
「うふふ、お寝坊さんね。そんな人は、何されても文句なんて言えないんだから」
直哉の顔をのぞき込んで、小雪はいたずらっぽく笑う。
眠る恋人に仕掛ける悪戯なんて何が来ても可愛いに決まっている。
直哉はニヤけそうになるのをぐっと堪えて、悪戯を待つのだが――
ぱしゃっ。
静かな部屋の中に、携帯カメラのシャッター音が響いた。
「寝顔なんて初めて見た……! えへへ、早く来て得しちゃったわ」
小声ではしゃぎながら、小雪はなおもぱしゃぱしゃと直哉の寝顔を撮っていく。
大変楽しそうで何よりだが、直哉は胸中でぼやくしかない。
(…………うん、知ってた)
自分の恋人は、そうそう大胆なことができる子ではない。
これはこれで嬉しいしニヤニヤできるが、もうちょっとアクションしてくれてもいいのにと思う。
(よし、それなら……)
わざとらしく寝返りを打って、小雪の方へと体を向ける。
隙を見せて、追撃を誘う作戦だ。
「あら……?」
小雪は直哉の顔をじーっと見つめてくる。
目を閉じてはいるものの、小雪の真剣な表情が手に取るように分かった。
「ふーん……まだ起きないんだ」
小雪はごくりと喉を鳴らす。
部屋の空気がほんの少しだけ張り詰めた。
布擦れの音が響き、小雪はそっと手を伸ばして――。
「……えいっ」
直哉の頬を突っついた。
そのままひたすらぷにぷにと、その感触を楽しみ続けた。
目を閉じていても分かるほど、小雪がぱあっと顔を輝かせて、テンションが上がっていることが分かる。
「いやあの……もうちょっと何かあるだろ」
「ひっ」
だから直哉は耐えかねてぱちっと目を開いた。
その瞬間、小雪の顔が引きつって――。
「きゃあああああああ!」
「うわっ」
悲鳴を上げて、ばっと部屋の隅まで飛び退いた。
真っ赤な顔をして固まる彼女へ、直哉はため息をこぼす。
「寝込みを襲った方が悲鳴を上げるって、どういうことなんだよ」
「そんなことしてないし! さては最初から起きてたわね……!?」
「何のことだかなー」
「こ、この人は……ほんとにもう!」
小雪はぷるぷる震えつつも、それ以上の憎まれ口は言わなかった。
寝込みを襲おうとしたのは事実だし、何もかもバレていると分かっていたからだろう。
そのかわり、ビシッと直哉に人差し指を向けて高圧的に言ってのける。
「ともかく早く支度しなさいよ! 今日は大事な日なんですからね!」
「はいはい。もちろん分かってるって」
「まったくもう!」
小雪はぷんぷんむくれて一階へ下りていく。
それをにこやかに見送れば、部屋の前をパジャマ姿の法介が通りかかった。
小雪を見てから、直哉に生暖かい目線を投げてくる。
『いやあ、若いって良いなあ』
『だから、やかましいっての』
「あなたたち、目線だけじゃなくてちゃんと言葉で会話しなさいな。今日からしばらくは小雪ちゃんたちも一緒なんですからね」
そこにまた、母の愛理が通りかかって白い目を向けた。
今日から笹原家と白金家による、家族旅行の始まりである。
続きは明日更新します。旅行編スタートです。
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