幼馴染みがいてもグイグイいく
振り返ってみれば、そこにはひとりの女子生徒が立っている。
赤茶の髪を肩まで伸ばし、短いスカートから伸びる足はすらりと細い。全体的に健康的で、ちょっとつり目がちの大きな目が活発そうな印象を与える。
そんな少女の顔を見て、直哉は頰をゆるめる。気心の知れた相手だからた。
「なんだ、結衣か。おはよ」
「おっはよー。え、なに、こんな朝早くに珍し……白金さん!?」
軽い調子で近付いてきた結衣だが、直哉の隣を見てギョッとする。
そのまま慌てて直哉と小雪の顔を見比べるのだ。
「えっ、なんで直哉が白金さんと一緒にいるわけ!? どんな接点!?」
「色々あって、昨日から仲良くなったんだよ」
「えええ……あんたみたいな変人となんでまた……あっ、白金さん、おはよ!」
「え、ええ。おはよう」
小雪はぎこちなく挨拶を返してみせた。
どこか壁があるものの、見知らぬ相手という様子でもない。
不思議な距離感に首をかしげるものの、すぐに直哉はぽんと手を叩く。
「そういや結衣は三組だっけ。白金さんと同じクラスなんだな」
「そうそう。あんまり話したことないけどねえ」
「……そうね」
小雪は小さくうなずいて、ちらりと直哉に視線を投げる。
浮かべる笑みは上品なもの。しかし有無を言わせぬ何かがあった。
「ところでその……笹原くんと夏目さんはお友達なの?」
「友達っていうか、幼馴染みなんだよ」
「そうそう。幼稚園からずーっと一緒だから、筋金入りの腐れ縁だよ」
直哉の言葉に、結衣もにこやかに相槌を打つ。
夏目結衣。大月学園二年生。
直哉にとっては十年以上の付き合いになる幼馴染みだ。家も近所で家族ぐるみでの付き合いもあるため、たまーに夏目家で夕飯をいただいたりもする。
「へえ……そうなの」
そう説明すると、小雪は薄い愛想笑いを浮かべてみせた。
すっ、とまとう空気が冷たくなる。先ほどまでなかったはずの壁が、直哉との間に築かれた……そんな感じだ。
「ああ。大丈夫だぞ、白金さん」
だから直哉は結衣を示して、明るく告げる。
「こいつはただの幼馴染みだから。俺は白金さん一筋で――」
「こ……こらぁっ!」
「むがっ」
そこで、なぜか小雪が慌てて直哉の口をふさいだ。
直哉はわけがわからず目を丸くするしかない。
小雪が結衣に嫉妬しているのは火を見るよりも明らかだった。だからその不安を取り除こうとしたのに……この反応は予想外だった。
直哉がわかるのは人の感情だけだ。その原因理由はいつも状況から推理している。だが、今回はまるで理由が読み取れない。
そんななか、小雪は声をひそめて直哉を叱る。
「デリカシーに欠けるにもほどがあるでしょ……! あなたはどうか知らないけど、夏目さんが万が一にもあなたのことが好きなら……傷つくじゃない! そんなのダメよ!」
「結衣が俺をー……? いや、それだけはありえないって」
「どうしてよ! 可能性はなくはないでしょ、だって幼馴染みなんだから!」
根拠があまりに雑だが、小雪は真剣そのものだ。
しかしなるほど。突然の怒りの理由はよくわかった。完全に的外れではあるものの……気遣いのかたまりだ。
(えええ……暫定・恋のライバルのために俺に怒ったのかよ……なにそれ可愛いじゃねえか……)
好感度の上昇がとめどない。
じーんとしている直哉をよそに、小雪は「ちょっと聞いてるの!?」と詰め寄るばかり。
そんななか、蚊帳の外の結衣は半笑いになっていた。
もちろんこんな至近距離、会話は全て筒抜けである。
「いやあの、お取り込み中のところ悪いんだけどさあ……」
「おっはよー」
そこでまたひとり、男子生徒が話しかけてくる。
制服を着崩して、髪も茶髪。すこし軽薄な見た目の少年だ。昨日の昼休み、直哉と一緒にいた同級生である。直哉と小雪のふたりを見て、目を丸くしてみせる。
「うわ、マジで仲良くなってら。すげーな……」
「だろ。俺の人徳ってやつだ」
「いや、俺が褒めてるのはおまえじゃなくて、おまえに付き合ってくれてる白金さんだ」
「え、えーっと……こちらの方は?」
新しい人物の登場に、小雪が小首をかしげてみせる。
昨日の昼休み、直哉を呼び止めたとき、真隣にいたはずなのだが……まったく覚えていないらしい。
彼は気にせず、にこやかに名乗る。
「オレは一組の河野巽。よろしく、白金さん」
「それで一応、私の幼馴染み兼彼氏ね」
「へえ、そうなの……え、彼氏?」
結衣が続けた単語に、小雪は目を丸くする。
夏目結衣に、河野巽。そして直哉。
「俺たち三人幼馴染みで、こっちのふたりは付き合ってるんだよ」
「ふ、ふーん……そうなの。ふーん」
小雪は何度も小さくうなずいてみせる。
先ほどできたはずの壁が取り払われ、空気が一瞬でゆるむのを感じた。
おかげで直哉も自然と表情がやわらいだ。
「……機嫌直してくれた?」
「はあ? なんの話かしら。あなたと他の女の子がどんな関係だろうと、私には一切関係ないわ。自惚れないでちょうだい」
つーんと澄ましてみせる小雪である。
そんななか、結衣と巽はそっと顔を見合わせるのだった。