出会い
「あのー。嫌がってるし、やめた方がいいんじゃないすかね」
「は? なんだい、君は……」
「っ……」
直哉のバイト先である茜屋古書店。
その表に箒片手に出てみれば、なにやら揉めているふたりがいた。
ひとりは女子だ。直哉の通う高校の制服を着ており、日本人離れした銀色の髪を腰まで伸ばしている。後ろ姿で顔はよく見えないが、戸惑っている気配がありありと伝わった。
そんな彼女に迫るのはスーツの男だ。髪を派手な色に染めて、耳にはピアスがじゃらじゃらついている。
どこからどう見てもタチの悪いナンパだ。
だから直哉は迷うことなくふたりの間に割って入り、少女をかばって男に立ち向かった。
彼女が息をのむ気配が背中に伝わるが、そっちはひとまず置いておく。
真っ向から男を睨みつければ、相手は虚を突かれたように目を丸くする。そうして、わざとらしい愛想笑いを作ってみせた。
「はは……何を勘違いしたのかは知らないけど、俺は怪しいものじゃないよ」
そう言って、男は名刺を取り出してみせる。書かれているのはなんたら芸能事務所取締役という、それらしい肩書きだ。
「実はモデルを探していてね。彼女はきっと売れっ子に――」
「嘘っすね」
「……は?」
「人間、どんなに取り繕っても生理的な反射は抑えられないもんなんですよ」
直哉は男の目をじっと見つめる。
瞳孔がかすかに開き、モデルの話を始めたときに声も上ずった。そのほか呼吸のリズムや発汗、唇の動き……などなど。
ありとあらゆる情報が、男の嘘を示していた。
「モデル云々なんて嘘でしょ。こんな小道具まで作っちゃって……そんなにナンパの勝率悪いんすか?」
「なっ……人が下手に出てりゃいい気になりやがって!」
男は気色ばみ、直哉の胸ぐらを掴んでくる。背後で小さな悲鳴が上がった。
「ガキが生意気言ってんじゃねえぞ、痛い目見てえのか」
「俺、そういう趣味はないんですけど……ところで知ってます?」
「は? なにがだ」
「うちの店、店先に監視カメラがあるんですよ」
直哉が示すのは、茜屋古書店の看板だ。そこには小さな監視カメラが備え付けられていて、レンズをしかとこちらに向けていた。
「ここで俺をぶん殴ったら、監視映像持って交番に駆け込みます。それでもいいならご自由に」
「…………ちっ!」
男は直哉を突き飛ばし、そのまま足早に去っていった。
どうやら防犯目的のフェイクだとは気付かなかったらしい。ほっと胸を撫で下ろしていると――。
「あ、あの……」
「ああ、もう大丈夫」
背後でたじろぐ気配がした。だから直哉はそちらを振り返ろうとするのだが――店の中からハスキーな声が響く。
「ちょっと笹原くーん! 急なんだけど、配達頼まれてくれないかしらー! あたしは見たいテレビがあるのよぉ!」
「おっと……はーい、今行きます! そんじゃ気をつけて帰れよ!」
「あっ……!」
結局そのまま相手の顔も確かめないまま、直哉はバイトに戻っていった。『いいことしたなあ』なんて軽い満足感を覚えながら。
「笹原、くん……か」
件の少女が自分の名前を復唱し、胸の前でぎゅっと両手を握っていたなんて……このときはまったく思いもしなかった。
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