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魔女と薬の調合

「レイ、これをお願い」


 生きていくための庭仕事は多大にある。冬の土作りに始まり、種まき、植え付け、剪定。そうやってやっと苦労の実る、収穫の時期を迎える。

 そんな中、今日の仕事はハーブの収穫と、薬の調合だ。

 ぐつぐつと泡を立てる鉄の大きな鍋の前に、さまざまなサイズの瓶がずらりと並ぶ。そしてそれを見つめるのは、三角帽子を被り、毒々しい色に染まったエプロンをしてマスクをした女。

 この作業をしているときは、我ながら魔女っぽいと思う。

 できた薬は村に売りに行って、そして食べ物に替えてくる。これは大事な収入源のための大事な作業なのだ。

 庭にあるハーブの種類は豊富だ。ハーブによって湿度を好むもの、そうでないもの。日当たりを好むもの、そうでないものと好みはうるさい。

 だから、ここまで育てるのには随分と苦労した。


「ミミズがいる!!!!」


 レイが叫んだ。石畳に覆い尽くされた王都では滅多に見ないのだ。だから苦手なのだろう。

 いかにも苦手そうだと思って笑ってしまう。


「栄養たっぷりだからね、そりゃあたくさんいるわよ?」


 土作りにも随分苦労した。笑ってミミズを土の中に戻してやる。


「素手!?」


 驚愕するレイに笑いながら、「じゃあ、家の裏のドクダミを取ってきて。あれは土が痩せてても育つから」というと、彼は不可解そうな顔をして問いかけた。


「ドクダミ、ってあのドクダミ?」

「他にドクダミってあるの?」

「なんに使うの、あの臭い――」

「よく知ってるじゃない。あれ、利尿作用があって美容にも効果的なのよ」

「利尿作用……?」


 また不可解そうな顔をされた。


「さっさと行く!」


 追い払うと、渋々小屋の奥へと向かう。そして悲鳴。


「蜂!!」

「あーもう」


 これはどうしようもないお坊ちゃんだ。竜にはケンカを売るくせに。虫や小動物が怖いというのはどういうわけだろう。


「って、ミツバチじゃないの……。受粉してくれる大事な虫なのよ。ひどいことしないで」

「すみません」


 地面に落ちているのは氷漬けのミツバチ。呆れてしまう。


「溶かせる?」

「はい」


 レイは素直に魔法を使う。ミツバチは何事もなかったかのように、生垣のバラに向かって飛んでいく。花は終わりかけ。だけど、ローズヒップを楽しみに待っている。


「バラもあるんだな……」

「なんでもあるのよ?」


 思わず胸を張る。この庭はスカーレットの自慢の庭だ。

 ここならば一人でも生きていける。


「じゃあ、王都に帰りたいなんて思わない?」


 問われたあと、ひとりの青年の顔が頭をよぎる。それを振り切るようにスカーレットは頷いた。


「ええ。ここにいるのが幸せだから」


 するとレイは悲しげに眉をひそめた。


「でも、寂しくないの」

「それは……」


 スカーレットはふと気づく。胸の隅を巣食っていたどんよりとした気持ちは、ここのところご無沙汰だ。


「でも、レイが来てくれたから平気、かな?」


 人付き合いを避けてきたスカーレットなので、話し相手というのがこれほどに心を晴らすものだとは思いもしなかった。

 くすりと笑うと、レイは急に顔を赤くする。その表情があまりにも可愛らしくて、スカーレットはこの拾い物は大正解だったのかもと思うのだった。




 ドクダミは半分を洗って日干しにする。お茶にするとよい薬になるのだ。効能は血行促進、気管支炎、肺炎、発熱、高血圧に心臓病ととても重宝する。

 そして残りは、ハーブ畑から採ってきたアロエとミカンの種と一緒に酒につける。これを地下室で二ヶ月置くとよい化粧水になる。こういったものはきっと村の娘たちに喜ばれるだろう。

 全ての作業を終えると、レイが嘆いた。


「これって一体なんの実験……手が臭い……というか全身が臭い」

「じゃあお風呂に入ったらいいわ」

「風呂?」


 レイは首をかしげるのをおかしく思う。王都ではあまり風呂に入らない。その代わりに香水を使うのだ。だが、ここでの仕事は汗もかくし、泥汚れもすごい。なにより疲れを取るのには風呂が最適だった。


 庭の北西に連れて行く。垣根でぐるりと囲んだ浴室があった。浴槽は冬場以外はあまり使わない。小川の水をすぐにひけるようにしてあって、一番大変な水汲みが省略できる。

 下部はかまどのようになっていて、薪で温められるようになっている。

 水を入れてたまった枯葉を流していると、


「なんでこんなものがあるんだ?」


 レイは意味がわからない、と言いながら尋ねた。


「だって、寒くなったら辛いじゃない?」

「いやそういうことじゃなくて。……こんなこと普通は考えつかない」

「普通じゃないわよ。だって魔女だから」


 スカーレットはさらりと流して薪をくべた。レイは首を傾げつつも火を入れる。

 ラベンダーの香り袋を湯船に浮かべると、ふわり、と心安らぐ香りが立ち上る。


「熱くなったら水を足してね」


 そう言って浴室を後にすると、レイはまだ不可解そうな顔をしながらも頷いた。




 レイが風呂に入っている間に、スカーレットは庭の南西へと向かう。そして刈り取って日干しにしていた牧草の束を小屋へと運んだ。

 自分のベッドを窓際に移し、ソファを部屋の真ん中に移す。そして空いた壁際に干し草を積み上げて行く。

 干し草の匂いが部屋中に充満する。スカーレットより頭一つ小さなレイの背丈に合わせて形を整えると、シーツを広げる。

 干し草のベッドの出来上がりだ。


「なに、これ」


 いつのまにか風呂から上がってきたレイが目を丸くしている。


「ハイジみたい」

「ハイジ?」


 スカーレットは首をかしげる。


「いや、なんでもない。前に見て、憧れてたんだよな」

「前に見て……?」


 そういうとレイはベッドの上で感激したように目を閉じた。


「すごいな、干し草の匂い……おちつく……」


 眉をひそめる。これまでのことを思い返し、さすがにこれはおかしいと思った。


(え、ちょっと待って。どういうこと?)


 農村でもあまり見かけないような粗末なベッドだ。だが王都からやってきた、いかにも育ちの良さそうな彼は『これ』を知っていた。しかも憧れていたという。

 嫌な予感がじわじわと駆け巡る。疑問は膨れ上がり、口からこぼれ出る。


「レイ、あなた、何者なの?」

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