まなうらに焼き付いた像
山の夜は冷える。小屋の暖炉の火は、夕暮れごろから天井に緩やかな赤い波をうねらせていた。
窓の外を見ると、東の空にぽっかりと月が昇っていた。
(そろそろ寝ないとね)
田舎で暮らしていると、太陽が昇るとともに起きて、太陽が沈むと眠くなる。ひと月も暮らすとそれが普通になってくる。
ちらりとベッドを見る。レイはまだまだ小柄だが、子供だから寝相が悪いかもしれない。
二人で寝れないことはないけれど、さすがに嫌がりそうだ。思春期の男の子はいまいちどう扱っていいかよくわからない。
だがうじうじとしているわけにもいかないと、スカーレットは切り出した。
「寝るのは、わたしのベッドで大丈夫?」
すると食後のお茶を飲んでいたレイが盛大にむせた。
「ああああああ、だめだろ、おれ!」
「ど、どうしたの?」
スカーレットは急に発狂した少年に驚いた。
「いや、あの、考えがたりなかったというか! あなた公爵令嬢なのに、置いてくださいってよく考えたら一緒の部屋で寝泊まりするってことで!」
笑ってしまう。今頃そんなことを言うなんて。こんな辺境の地で「置いてください」は当然そういうことも含めてのことだろうに。だから悩んでいたのに、全く考えていなかったとは思わなかった。
「今更気にしなくていいわよ。こんな汗水垂らして働いてるのに令嬢も何もないし」
「気にするってば。そもそも、令嬢でなくたって、わ、若い男女が一緒の部屋とか……」
顔を真っ赤にしてモゴモゴと口ごもる。当たり前だが慣れてないのだろう。すれていなくてかわいらしい。
からかいたくなったがぐっと我慢する。小さくても男なのだ。油断すると痛い目を見る。
「えっと、ソファを貸してください。ベッドはちょっと立場的に困るんで」
しおらしくレイは言った。ベッドはさすがに居候の身では気詰まりだろう。
「わかりました。じゃあ、ソファをどうぞ」
ほっと息を吐き全身の力を抜くレイを見ていると、一緒でもいいけど? という言葉が口から出そうで困ってしまった。
翌朝も良く晴れていた。その分朝の冷気は刺すほどに冷たい。ショールを肩にかけ、残っていた火種の上に薪をくべた。
ソファを見ると、そこは無人。夢だったのだろうかと思ったけれど、ソファの主は床に転がっていた。予想通り、落ちたらしい。
思わずくすりと笑う。
あどけない寝顔をじっと見ていると、ふと既視感を覚えた。
(ん? ダニエルに似てる?)
実のところ、あまりじっくりと彼のことを見たことはない。目を合わせることも、会話さえも自らに禁じていたからだ。
じっと見つめたのは婚約を破棄された、別れの場面だ。二度と見ることはないだろうと思ったからつい見てしまった。
直後馬鹿だったと後悔した。目が離せなかったのだ。
結局忘れられずに、記憶をもとにスカーレットは人形を作ってしまった。
不注意からうっかり焦がしてしまった人形を見つめる。
見上げるほどの背丈。均整の取れた筋肉質な身体。黒い髪に誠実そうな青い瞳。スカーレットの理想がそのまま現実になったかのような王子様。
まなうらに焼きついた像は、スカーレットよりも一回り小さなあどけない少年の姿とは重ならなかった。
黒という髪の色はこの国では珍しくもなんともない。だが、息をするくらい自然に火を起こせるくらいだし、魔力が強そうだった。それが気になった。
「悪い魔女になるのを防ぎに来た」と言ったのをまともに受け取ったわけではない。予知の魔法など今までに聞いたことがないが、禁書などがあるのだろうか。だとしたら、それを使う子供は普通の子供ではない。
(魔力が強いってことは……やっぱり親戚か何かかしら)
もし血筋が同じならば、つまり王家の血が混じっている。だとすると別の疑問が湧いてくる。
(そんな子がどうしてここに? まさか、お家騒動?)
だから辺境の地を選んで逃げてきた?
(だけど、どうしてわざわざこの地を選んだの? 人に見つからないような場所なのに、わざわざ探し出して……)
スカーレットはふと寒気を感じてショールを掻き寄せる。全く別の可能性が浮かび上がるが、すぐに打ち消した。
(うん……まさかね?)