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聖女とドラゴン

『頭、大丈夫?』


 スカーレットに言われて、そりゃそうだよな、とレイは思った。

 だが、どうやってこの状況を説明すればよいのか全くわからない。途方に暮れる。

 スカーレットが悪い魔女――ラスボス化する。そのことをレイはすでに知っていた。

 なぜなら――



 レイと名乗ったダニエル・・・・・は、この『物語』を読んだことがあるからだった。


 ダニエルは、自分がこのような姿になってしまった経緯――ここ数週間の頭の痛い出来事を思い返す。


 あの後、記憶を探ったダニエルはここが『聖女とドラゴン』という漫画の世界だということに気づいた。

 どうやら彼はフィクションの世界に転生してしまったらしい。彼の前にいた世界では『異世界転生』というジャンルの物語がとても流行っていたのだが、まさか自分が同じような目にあうなどとは思いもしない。

 夢かと思って何度か頭を壁に打ち付けたが、血が出るだけで目は覚めなかった。


 前世の彼は夏月かづきれいという男子大学生だった。記憶は断片的で、はっきりとは思い出せないのだが、彼は漫画研究部の人と親しくしていて、よく漫画の下読みと批評を頼まれていた。

 漫画は描かないが映画が好きで、よく見ていたおかげで、ツッコミが的確だったらしい。

 そんな中でなぜか何度も読まされた漫画は、とにかくご都合主義満載のストーリーだった。

 女子の夢を詰め込んだというか。ツッコミが追いつかないと言うやつ。

 

 ストーリーを大雑把に言うと、ヒロインで聖女であるマリアが冒険をしながら仲間を集め、王国に降りかかる様々な災いを乗り越え、最後は王子と結婚するというシンデレラストーリー。


 波乱万丈ではあるのだけれど、マリアがちやほやされるのがメインの話だ。都合の良すぎる展開が続いてうんざりした覚えがある。

 例えば、王子――ダニエルがマリアに惚れるのは、擦り傷を消毒したというすさまじく雑な理由だ。いやそんなん惚れんでしょ、それで惚れたら保健室の先生とかモテモテだろ――と思うのだが、実際ダニエルは、そんな雑な理由で恋に落ちてしまったのだった。


 そして、問題なのは王子を奪われた婚約者――公爵令嬢スカーレット。

 彼女がダニエルを奪われた腹いせで、幻獣ドラゴンを飼いならす魔女になり、王国に復讐するのだ。

 前の世界で一時期すさまじく流行っていた、いわゆる『悪役令嬢』というやつだ。

 マリアは聖女としてドラゴンの討伐に向かい、魔女と化し、ドラゴンを操ったスカーレットを倒す。ドラゴンを手に入れた彼女は、真の聖女として国の救世主となり、ハッピーエンド。


 ――となったはずなのだが、その話には続きがある。調子に乗った作者が続編・・を書き始めたのだ。

 マリアがドラゴンを手に入れたことで、近隣の国が脅かされ、ドラゴンを手に入れようと躍起になり始める。そしてそれがきっかけとなり、後に大陸全土を巻き込んだ大戦が始まる。


 ダニエルの犯した過ちはきっかけに過ぎないかもしれない。だが自分が婚約破棄をしたせいで大戦がはじまるなどとんでもない。責任を感じてしまうし、なにより自分の生きる世界を失いたくはなかった。


 だからダニエルは考えた。

 とにかくスカーレットがダークサイドに落ちる前に謝罪し、償おうと。


 だがそう簡単に許してもらえるわけがない。大衆の面前であのような恥をかかせたのだ。

 スカーレットの父親の公爵は怒り狂っていたし、謝罪を受け入れる気はないと言い切られた。

 自分のしたことを考えると当然だし、その上、彼にはマリアという新しい許嫁がいる。

 マリアには罪はない。ダニエルが勝手に彼女に惚れて、スカーレットを捨てたのだから。

 どちらの女性も不幸にしたくはなかった。


 だからダニエルはさらに考え思いついた。

 ――あの婚約破棄をなかったことにするしかない、と。


 ダニエルには生まれながらにして強い魔力があった。漫画のヒーローだからなのか、補正がすごいのだ。

 とにかくハイスペック。設定てんこ盛りで、整った容姿に加えて武術に長けてさらには魔力も高いという。だがそれだと聖女マリアの活躍の場が減るという理由で、武術に長けたせいで魔術は使い所がないという、やはり雑な設定をつけられている。

 なので十八になった今も簡単な魔術しかつかったことがなかった。宝の持ち腐れである。


 そしてXデイはやってくる。

 ダニエルはその日、つきまとう護衛を撒き、一人で城の地下にある図書室へと向かった。とある魔術書を手に入れるためだった。

 封印された古い魔術書には、禁断の魔術が載っている。王族だけが使用できる特別な魔術だった。

 いつもはマリアに頼りきりの魔術だが、今回ばかりは頼るわけにはいかない。彼女が王族でないという理由もあるが、そうでなくてもあの婚約破棄と婚約をなかったことにしたいなど、言えるわけがないのだ。


 晴れて相思相愛、婚約者となったのだから、当然だがマリアはダニエルとの時間を作りたがった。

 だが忙しいのをいいことに、のらりくらりと逃げ回っていた。マリアはヒロインだけあって、こなさねばならないイベントが多いのだ。


 特に、今は結婚式の準備で忙しい。ドレスの仮縫い、他国への招待状。お妃教育など。

 他にも結婚式まで色々と事件があった気がする。それも少女漫画のお約束なのか、すんなりとゴールインとはいかないのだ。


(って、その結婚式って、相手はおれだけどな……!?)


 ともかく、幸せいっぱいのそんな時期に『そもそもどうして惚れたのかがわからない』などと最低なことを言う勇気がとてもない。プロポーズはわずか三日前の話なのだ。

 ダニエル自身がこの状況に一番戸惑っているような気がしている。

 恋は熱病のようなものと言うけれど、ここまであっさりと熱が下がるなど。――なにか悪い魔法にでもかかっていたと言われたほうがしっくりくる。

 とにかく、早く手を打たねば、マリアと結婚してしまうことになる。そうなればスカーレットのラスボス化はおそらく防げない。


「時を戻すには……っと、……あった。これか」


 カビ臭い本を手に入れたダニエルは、時の逆行魔術に挑戦することにした。


「なになに……? 必要なものは古い時計だけ。注意事項は時計の針の方向で、未来方向には進めない、か。触れて魔力を込めながら針を回し、あとは呪文を唱える……それだけ?」


 案外簡単だなと思ってしまう。

 三日前なので、一日二周の計算で六周逆回りに回した。


 ……そして中二病の匂いが漂う呪文を一つ。


『レベルシ サント エアノス!』


 だが、彼は気づいていなかった。呪文のかかる対象となる存在に。


 呟いた途端、時計がぽんと音を立てて壊れた。と同時に部屋の景色がぐるぐると回りはじめる。時計の針と逆方向に。


「――うわぁああああ!???」


 気がつくと、服はぶかぶか。体が半分ほどに縮んでいた。

 彼は、自分の体内の時間だけを六年――第二次性徴が始まる前の体に巻き戻してしまっていたのだった。


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