表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/15

物語が続く条件

『あなたがラスボ――いえ、悪い魔女になるのを防ぎに来たんです!!!!』


 彼がやってきたのをなぜ偶然だと思ってしまったのだろう。


 ラスボス・・・・


 聞き違いだろうと思った。だけど、もうちょっと早くその事に気がついていれば。対策も立てられたというのに。


 そして彼はレイと名乗り、その名はじわじわとスカーレットの身体に染み込んで、記憶の底にしまい込まれた思い出を引きずり出した。

 最初懐かしいと思ったのは勘違いではなかった。


 どうして忘れていたのだろう。

 あれほど大好きだった人の名前を。


『りあさあ、ここの展開、都合良すぎない? ヒーローが聖女に惚れた理由全くわかんないんだけど。傷の手当てで惚れるとか、簡単すぎるし』

『ここはこれでいいの! なによ、そんなこと言っても一目惚れとかだって都合がいいっていうの? ハードル上げすぎないで!』

『そんなだからいつまで経ってもアマチュアなんだよ』

『なんですって!?』

『あとヒーローの造形がうすっぺらすぎ。なに? 王子で、武術に長けてて、魔力も強くてそれから美形? スペックとか盛りに盛ってるけど、中身空っぽだろこの男』

『少女漫画だからスペックが一番重要なのよ!』

『一番大事? それって現実でも?』

『……さすがにそんなことないわよ』


 スカーレットは鮮明に思い出した。そうだ。この場面は多分一生忘れることがないと思っていた場面だ。


 りあは言った。目の前の男の子を見つめて、彼の好きなところを口に出した。


『誠実なのが一番……だと思う』

『たとえば? りあってさ……好きなやつ、いるの?』


 おれの名を言ってくれ、りあには、彼がそう懇願しているように思えた。


『おれ、とかはどう? おまえのヒーローにはなれない?』


 彼は気恥ずかしそうに――だけどどこまでも真剣な顔で言った。

 りあは、そのまなざしに射ぬかれた。

 それは、名前のついていない感情に、恋という名前がついた瞬間だった。


 彼の目は、ダニエルの目ととても良く似ていた。いや、大好きな彼をモデルに・・・・・・、話を書き換えたのだから当然だ。


 つまり、鹿島梨亜は『聖女とドラゴン』の作者だった。そして自分を主人公マリアに投影した物語を書いた。自分に都合よく、自分が幸せになる話を。


 だから、スカーレットがこのような目にあっているのは、りあ――作者である自分のせいだった。




「私がここにいる意味、あるじゃない」


 スカーレット――りあはもう一度呟いた。


「どういうことだ? りあ」

「覚えてる? 夏休みのこと」

「夏休み……って」


 ダニエル――レイは、顔をじわじわと赤くした。そしてすぐさま青くなった。その時のことを思い出したのだろう。

 りあとレイは付き合い出して、一年後の夏、二人きりで旅に出た。海に行ったのだ。実家暮らしのりあとレイが一線を越えようと計画した旅行だった。

 だがそれは果たせぬまま今こうしてここにいる。

 りあの最期の記憶は水の中で、彼の手を離すまいとしていたときのものだった。

 彼を助けたい。彼だけは助けたい。そう願いながらりあは意識を失った。

 今だって同じ気持ちだ。むしろ思い出した直後からどんどん強くなっている。

 

「ダニエル様――いえ、レイ。あなたを守るためにわたしはここにいるの」

「は?」


 レイは虚を突かれた顔をした。


「悪役ってなんのためにいると思う?」

「なにを言って……」


 レイは片目を細める。りあは笑った。この表情は見たことがある。彼はいつもこの顔をして言った。――意味がわからない、と。

 りあが描く物語に彼はよくツッコミを入れた。そしてそれはいつも的確だった。りあは彼の賢いところも大好きだった。


「前にあなたが言ったのよ」

「おれが?」

「私の書く話は『山無し谷無し』で『タイクツ』だって」

「言ったか?」


 どうやら覚えはないらしい。


「『主人公がなんの障害もなく普通に過ごしていく物語なんて、エンタメにはなりえない。エンタメになるためには、障害が必要だ』」


 だが、りあはレイのアドバイスをはっきりと覚えている。

 一言一句違えずに口に出すと、レイは目を見開いた。

 りあは微笑む。だからこそその次の作品――この『聖女とドラゴン』では意識して障害を大きくした。特に、恋のライバルとなるラスボス・・・・を強力に作ったのだ。

 だが今となってはそれが功を奏している気がしてならない。


「『悪役』がいないと物語は転がらない。物語が転がらなければ、物語は終わり、世界はそれ以上広がらない」


 つまり、悪役が強力であればあるほど、物語は終わらないのだ。彼の生きる世界がどこまでも広がっていくのだ。

 りあは誇らしさから胸を張る。


「――だから、わたしはむしろ悪役でいいのよ。悪役を全うするわ」


 ここに悪役令嬢として・・・・・・・存在していることが誇らしく清々しい気分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ