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四季の庭

 そして翌日のこと。

 

「アイザック?」


 森を訪ねたスカーレットは、昨日アイザックがいた場所に龍の姿が見つからずに動揺した。

 そこにあるのは大きな岩。アイザックが潰れてしまったかもしれない! と慌てて駆け寄ったスカーレットは自分の間違いに気がついた。


 岩は玉虫色をしていた。よく見るとそれは鱗だ。


「あ……アイザック!?」

「ギイいいい」


 太い声が響き、地面が揺れた。人の背丈ほどある岩がむくりと動くと、それから羽が生える。

 竜は一晩でスカーレットの背丈を超えるほどの大きさになってしまっていた。


 爬虫類独特の細長い瞳孔がスカーレットを射抜く。だが眼差しは穏やかで不思議と恐ろしさはなかった。

 そっと撫でると嬉しそうに目を細める。アイザックだ、とじんわりする。

 アイザックはスカーレットに背を向けると、自身の背を見た。乗れと言っている用に思えて問いかける。


「乗せてくれるの?」 


 アイザックはうなずいた。

 恐る恐る乗ってみる。鱗は見かけよりザラザラしていて安定感があった。

 アイザックが大きく翼を広げる。スカーレットは思わず目を閉じてアイザックの背にしがみつく。

 

 次に目を開けたときには景色が変わっていた。

 目の前が白いと思った。だが視界は急に開ける。


(雲だ! 雲の中を通った!)


 そして落下。胃のあたりに不快感が現れ顔をしかめながらスカーレットは必死でアイザックにしがみついた。

 覚悟していた着地は、意外にもふわりと柔らかかった。

 見るとそこは崖の中腹で、棚になっている場所だった。岩ばかりかと思っていたが、膝の丈ほどの草が覆い茂っていた。アイザックが美味しそうに食べている。

 ただの牧草に見えるけれど、なにか特別なものなのだろうか。ちぎって食べてみるが、青臭くて出してしまう。

 だが、かがみ込んで土を触ってスカーレットは目を輝かせた。


「うわああ」


 そこにあるのは、スカーレットが探し求めていたふかふかの土だったのだ。


 そしてその土地の気候が日本によく似ていることを知ったスカーレットは、すぐに父に頼んだ。あの土地が欲しいと。そしてまだスカーレットに将来の希望をいだいていた父は簡単に許してくれた。あんな辺鄙な土地をどうして? とは不思議がっていたものの。


 手に入れた土地にログハウスを建ててもらう。一大事業だが、身体が幼く力がないため、お金と愛情はあるうちに使っておくことにした。どちらも失うこととなる、破滅後に動いては遅いのだ。


 やがて一部屋だけのおままごとのような家が建ったら、スカーレットの出番だった。

 まず、小屋を中心に四つに区切った庭を春の庭、夏の庭、秋の庭、冬の庭と名付けた。

 その間をレンガで作った道で区切り、それぞれにシンボルツリーとして樹木の苗を植えたのだ。

 春の庭には桜──といってもさくらんぼだ。目が楽しむための庭にしようと、花を中心に植えることにした。

 夏の庭には果樹を中心に。初夏に収穫できるラズベリー、ブラックベリー、ブルーベリー。夏に収穫できるぶどう、秋に収穫できる栗と林檎、冬に収穫できる蜜柑とレモン。

 秋の庭には野菜を中心に。じゃがいもと玉ねぎの畑は、冬になると葉物の畑となる。

 冬の庭には樹木を植えず、もともとあった牧草を残した。そして鶏とヤギを放した。

 そして家の周りには月桂樹とレモンを植えた。


 苗は世界中から取り寄せた馴染みのもの。この世界には前にいた世界と同じような植物が生えていた。漫画もアマチュアが作ったものだから、指輪物語のように世界から作ったりはしていないのだ。それがスカーレットにとってはありがたかった。

 植え付けが終わると、次は生育環境によってハーブの種類を分け、木の周りに植えていく。これが害虫対策にもなる。

 虫はあまり好きではないので、この辺りは念入りにデザインを考えた。


 そうして一年ほどかけると大体の完成が見えたが、庭は一度作ったらおしまいではない。スカーレットは公爵令嬢としてマナーやダンスを学んだり、教養を身につけなければならなかったが、暇を見つけては毎週のように谷に足を運んだ。


 水やり、剪定、雑草と害虫の駆除。庭づくりは一筋縄ではいかず、やることはたくさんあったが、初めて持った自分の庭なのだ。全てが楽しく夢中だった。とくに収穫の時期は、夢中すぎて茶会などの社交が疎かになったが、それもまた作戦の一部でもあった。ダニエルと顔を合わせたくなかったからだ。


 季節が変わるたびに庭は様相を変えた。樹木のつける花や果実は、スカーレットの努力に応えるようにして年々増えていく。

 庭が熟していくのと同じくして、アイザックの体も少しずつ大きくなり、成体に近づいた。


 そして、スカーレットもいつしかデビュタントを迎える年となっていた。


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