08 聖女の回想と独白
私、ジェシカが幼い頃前世を思い出し、更に聖女であると分かった時。
まず真っ先に行ったのは、この世界の聖女の知識と『ゲーム』での聖女の設定を比較し、確認する事だった。聖女とは主にどういう事を行うのか。どのような力があるのか。
同時に、魔術の事も先行して独学で調べた。
この世界で魔術を使う時は、詠唱が必要である。
声に魔力を織り交ぜ発動するのだ。発動条件が鍵穴、詠唱は鍵。そこでようやく術が発動。この世界での常識、認識だ。
けれど私は、なんでもありな創作が溢れかえる前世の記憶があった。
幼い自分にまだ馴染まない魔術よりも、くっきりと脳に刻まれた記憶のほうが順応しやすかった。つまり。
私は詠唱無しで魔術の行使が可能だった。
架空の魔法使いのように、虚空に氷を出したり、手の平から炎を出したり。
そう。想像出来うる限り何でもできたのだ。いわゆる『チート』という物だろう。
ただ所詮幼子の魔力量では大したことは出来なかった。
試しに重力を操り体を浮かせてみたら、あっという間に意識が飛んで昏倒した。目覚めた後で医師に聞いたところ魔力の枯渇だったらしい。
折角何でも出来そうなのにこれではいけない、と思った。
内蔵魔力を増やせないか。魔力量の上限を増やす方法はなにかないかと、これも前世の知識に助けられた。
いくらでも方法は思いつく。
枯渇するまで魔力を使用し続ける。瀕死になりパワーアップ。魔力を浴び続ける等……前世の創作物でありがちな設定をひっぱりだしてみた。
その中で幼子でもひっそりと出来そうな方法をいろいろ試してみたところ、気を失うほどの魔力の酷使が効果的であると結論を得る。
その過程で、聖女の力を以てしてもどうしても侵せない領域というものはあるのだと気付いた。わかっている限りでは。
時間を操る事。
人の記憶領域を操作する事。この二つ。
私が倒れた事をなかった事にしようとしたが、時間を戻す、医師の記憶を消す等の力は全く作用しなかったのだ。単純に魔力の最大値が足りない可能性もあるが、どちらにせよ人知を超えた力は使わないに越したことはない。
使いこなせる気もしない。
ただ、修行の度に倒れては不審がられると思い、最初に倒れた時に診てもらった魔術医師に見届け人となってもらった。
修行をしている事、倒れた事を口外しない事。そして私の思惑を追及しない事を規約として独自の魔術の契約を結んだ。
どうせ父は放任主義であまり家にはいない。使用人たちも私的に付き合いがある訳ではないから私という存在を気にかけない。これで不審がられる事もないだろう。
ただひとりだけ、懸念はあった。当時執事見習いとして屋敷に上がった少年。攻略対象であるサッシュとは仲が良かったから、彼に勘付かれないように動く必要があった。
まあ彼は結局ヒロインに惹かれてしまった訳だけど。でも……もし、この頃から私の秘密を打ち明けていたら……なんて詮無い事を考えてしまう。
12歳になる頃には加減が分かってきた。
ギリギリまでの魔力使用に慣れて修行もはかどり、同時進行で調べていた聖女の遍歴にも面白い記述を見つけた。
歴代聖女も私と同じ、規格外とも言える力を有していたのが見て取れたのだ。
はっきりと記されているわけじゃない。けれど、『転移』『飛行』『変身』等、この世界で行使する魔術では説明できない力を使ったらしき記述があった。
このような理論で説明できないものは不可思議な聖女の力、としてまとめられていたようだ。
歴代聖女は恐らく、私と同じようにここではない世界の記憶があったのでは、という予感を抱いた。
更に、それらを用いて力を振るう立場にいながら、非人道的な事には手を染めない理性を持っている者。無欲な者。慈愛の心を持っている者。そんな心根を持った者たちが、生まれながらに聖女となる運命を背負ったのだろうと思う。
私はどうかと言われると、確かに悪事に手を染める事は頭にもないし、万が一いやおうなくやらざるを得ない状況になったとしても躊躇するだろう。
ただそれは、私が事なかれ主義、面倒臭がりだからだ。
誰かに悪感情を向けるなんて疲れるだけだ。そんな事よりも自分が楽しい事をしていたい。心穏やかにまったり暮らしたいと思ってしまう。
反面、本来聖女になるはずだったヒロインの性格と言えば、一言で、苛烈。良くも悪くも前のめり。
候補生として教会に上がったばかりの頃、すでに彼女は私への当たりが強かった。貴族としての格があるからもちろん大っぴらではないけれど、目の敵というか、どうにも意識されていたように思う。
その時は『ゲーム』でのヒロイン像とかけ離れていた彼女も、もしかして記憶が。としばらく観察していたのだけど、どうにも確信を得られず今に至る。
彼女は次々と攻略対象者と仲を深め、懇意になっていった。
たまに私の様子を見に来る執事のサッシュともいつの間にか交流が生まれていて、彼は次第に教会には私ではなく彼女に会いに来るようになった。
余談だが、恐らく彼はもうじきノースクライン家から追い出されるだろう。
父は私には無関心だが、侯爵として、この国の貴族としては優秀だ。利にならないどころか害になりかねない私を、容易く切り捨てる容赦と躊躇の無さも持ち合わせている。
仕えるべき、敬うべき主を見失ったサッシュに対して父はきっと制裁を下す。
娘を蔑ろにされたからなどという心情を持ち出してではなく、一使用人としてふさわしくない態度をとった彼を雇っていては侯爵家としての沽券に関わるからだ。
昔馴染みの側近の息子だからと言って、父は容赦はしないだろう。サッシュの事も気になるから行方を何とか捜索できないだろうか。
要は、ロミという少女は歴代聖女のどれとも合致しない性格の持ち主である、という事。
思わせぶりに困ったような顔をして、苛めの被害者を装った。
健気な演技をして男性を煽り、私へ敵意を向けさせた。
聖女としての資質がありながら他人を陥れる事にのみ力を注いだ。
聖女になり国を支える為ではなく、その小奇麗な称号のみを欲して注目されたい欲を持った。
どう見たって聖女とはなりえない性質の人間だと思う。自分の周り、特に推しキャラが幸せならそれでいいという私も慈悲深い性格とは言い難いのだが。
それに私が何かしなくとも、彼女は今不安定な綱渡りをしている状態だ。他人を陥れ、『逆ハーレム』なんてものを築いてただですむはずがないのだ。
愛されて暮らしました、めでたしめでたし。で終わる『ゲーム』じゃない。ここはあくまでも現実の世界なのだから。エピローグが終わっても現実は続く。いつまでも彼女の虚構はもたないのではないか。
そうなった時は、何としてもトーマを守らなければ。