22 先代聖女と王家の秘密
天読みを終え、螺旋階段を下りながら。
「君の天読みは初めて目にするが、道具などは使用しないのだな」
「もしかして、先代様は何か使っているんですか?」
ここ数日でアリスの演技も板についてきている気がする。
「ああ。拳大ほどの水晶玉を掲げていたな。そこに映像が見えるのだとおっしゃっていた」
先代聖女。王太后――ベルディウス殿下のお祖母様。
水晶玉だなんて、もの凄くそれっぽい。もしかして前世は占いを生業としていたのかもしれない。前世の記憶については私の勝手な推測でしかないが。
「そうですね……わたしは特に媒体のような物は使いませんね。というより、全く考えてもみませんでした」
先代様は私とは根本的に方法が違うのかもしれない。
本当に占いをしているのかも。
そろそろ聖女の執務室、というところで、ベル様は急に私の手を引いて自らに引きこんできた。
「わ」
「……私から話を振っておいてなんだが、これから王太后と会うのだろう? 少しはそちらではなく私の事も考えてほしいものだが」
咄嗟に足を踏ん張ってベル様の胸に飛び込むような事にならずに済んだが。
「で、殿下」
こんな、誰が通るか分からないような場所で。
ベル様は私を腕の中に納めようと動いている。私は一歩下がるのみで碌な抵抗ができない。
「あっ」
抵抗虚しく私はやんわりと抱擁される。女性騎士二人は空気を読んで顔を背けてくれているが、リターはほんのり笑んでじっと見ているのだ。
これは――かなり恥ずかしい。
「全く、お互い執務のせいで中々時間がないな」
「い、今は特に、忙しい時期ですから」
問題も山積みだし。とは心の中で留めておく。
「後でそちらに行く。待っていてくれ」
「は、はい」
私は脳内を沸々とさせながらも頷いた。この間から殿下に翻弄されっぱなしだ。
執務室にリターと二人戻ってきた。彼女は早速冷たい水を注いだコップをテーブルに置いてくれた。気が利きすぎる。
私は熱を冷ますためにそれを飲み干した。
「ふぅ」
「本当に仲が良ろしくて何よりです」
いい笑顔で言われたその言葉に固まる。
それは、サポートキャラ・リターに攻略対象者の好感度を聞く、という選択をした時の。その台詞と合致している。
「私、王子殿下があんなにも熱い方だとは知りませんでした」
それも、キャラクター別の追加台詞。好感度が最高値に近い場合のみの――。
ああ、居た堪れない。
(ベル様……ごめんなさい)
冷める事のなくなった熱い顔を覆った。こんな風に、相手の心情を知りたかった訳ではない。気恥ずかしくて、でも嬉しくて若干涙が滲む。
私は場の空気を入れ替えるため立ちあがる。今日の一大イベントの準備だ。
「さあ、リター。そろそろ準備しましょう」
「はい。お召し替え致します」
リターが私をいざなうように、執務室と繋がった別室の扉を開く。頷いて、私は仮眠室兼衣裳部屋へと足を進める。途中幻術を解きジェシカに戻りながら。
心地良いそよ風が深緑を揺らし、綺麗に刈り込まれた緑のドーム状アーチが作る木漏れ日の中。白い丸テーブル、着席している上品な貴婦人。
「結界をお願いできるかしら?」
「はい」
対面した柔らかな美婦人に頼まれ、私は防音、視覚障害の結界を張った。
「ありがとう。私はもう聖女の力が無いから。さあ、座ってちょうだい」
ほんわかした笑顔の王太后様。幼い頃、一度だけ遠目で見た聖女様だ。
「では、御前を失礼します。ジェシカ・ノースクラインと申します」
「ええ、はじめまして。ミリエンヌよ。よろしくね……おばあさまと呼んでくれてもいいのよ?」
「そ、うですね。いずれ、そうお呼びできればと思います」
私は座ったまま頭を下げる。随分人懐っこい方だ。
王城の隠された一角、王太后様のお庭に招かれてのお茶会だ。アリスとして庭に足を踏み入れた途端、王太后様は。
「貴女の本当の姿が見たいわ」
と、微笑んだのだ。
ジェシカとしても対面するつもりだったから、装いは問題ないようにリター渾身のドレスアップを施している。お庭に招かれるとあらかじめ聞いていたから華美ではない上品な装いをお願いした。
私は幻術を解いて、ジェシカとして一礼した。そうして、結界を張ってくれと願われたのだ。
選定の儀が終わり新たな聖女が誕生した後、先代聖女が今代聖女を茶会に誘うのは恒例行事らしい。
「貴女の事情は陛下に聞いていますよ。……何と言うか、貴女を落第させてしまったのも。シュバルツも。本当にあの子たちは……情けない事」
眉を下げて溜息を吐いたミリエンヌ様。可愛らしいのにどこか艶めかしい、美しい人だ。そして多分――怒らせると怖い。
私の事、アリスの事を陛下から聞いていたらしいが、あの透き通るような目は事情を知らなくても絶対に私の幻術を見抜いていたに違いない。
選定の儀を行うと先代聖女は力を失う。だが、その観察眼、魔力を量る目は損なわれる訳でもないのだろう。現に聖女にしか作り出せないような結界を確かに視認している様子だ。
「謝罪の意味も込めて、お茶とお菓子を用意したの。堪能していってね」
二人で挟んだテーブルには、見慣れているようで見た事のないお菓子。
「和菓子、ですね」
私は思わず、その中のひとつを手前に持ってくる。今まで涼しいところに置かれていたのか、皿がひんやりとして指先までも心地いい。
「やっぱり、そうよね? よかったわ……貴女も、前世の記憶があるのね」
笑みながらミリエンヌ様は両手で、湯呑みを持ち上げ口をつけた。
私も、引きこんだ皿に乗る桜餅を素手で取り、一口食べた。
懐かしいあの甘味。桜色の餅を包んだ塩漬け葉との相性は抜群だと思う。私は葉も一緒に食べるタイプだ。
余談だが、もち米を丸めた形ではなく、小麦粉を生地状にした物を二つ折りにし、餡を挟んだ形が私には馴染みがある。
この手に取った桜餅は後者の方。
「美味しいです」
そう笑って頷くと、彼女も笑みを深くした。
「不思議よねぇ。私の前の聖女様……おばあ様も前世は日本人だったのよ」
しばらく前世のあれこれの話に花を咲かせていると。ミリエンヌ様は目を伏せ神妙な表情を見せた。
真面目な話に入る、と察して、私も指を拭き姿勢を正した。
「……前世の事は憶えているのに、前世の自分がどういう人間だったのかあまり思い出せない。違うかしら?」
私は目の前の先代様を凝視してしまった。もしかして、彼女も。
「外部を遮断する結界をお願いしたのは、これから話す……聖女と王家の秘密を聞いてほしいからよ」
その言い方だと、私の記憶が王家と関係している、という風に聞こえる。いや、実際そう言っているのだ。
「ジェシカ、貴女も恐らく色々、試したのではない? 聖女として何が出来るのか、出来ないのかを」
私は頷く。全くその通りだと。歴代の聖女たちは全員同じような道を辿っていたのだろうか。
「その中で、聖女でも出来ない事、あったでしょう?」
「……時間や、人の記憶を操る事、です」
「ええ。合っているわ。それだけは、聖女では出来ないの。それは」
先代聖女様が教えてくれたその理由。
「その力は王家のものだから」
私は思わず胸を押さえた。暴れる心臓、耳鳴りが煩い。気が遠くなるこの感情は、恐怖、だろうか。不安?
しかも、有してはいても自分の意思で扱えるものではないらしい。それは、まさか勝手に暴発したりはしないのだろうか。
「もちろん王族だからって誰でも持っている訳じゃないの。王家の……聖女の伴侶となる王子ただ一人が、その力を有しているわ」
一際、心臓が強く鳴った。
ベル様。ベルディウス第一王子が。時間を、人の記憶を操る力を。
静かに動揺する私を見たミリエンヌ様は、眉を下げて少し早口になる。
「不安にならなくてもいいのよ。確かに王位継承者にその力はあるけど……あの子、ベルディウス殿下はもう、その力を失ってるの。力を発動できるのは一度だけだから」
私は、押さえている胸元をより強く握ってしまった。
つまり、ベル様は力を、一度――。
「私も簡単には報告を受けているけど、本人から……二人で話し合った方がいいわ。貴女たちはこれから夫婦となり国を支えていく。王家の事、王子の持つ力の事、聖女の事……これからの事」
腹を据え、腰を落ち着け、じっくりと話し合え。という事だろう。問題山積みで時間がない、なんて言っていられないのか。
こんな重大な事、お互いに認知しているのだと早めに分かっていた方がいい。
「私から言える事があるとすれば、そうね。あの子は貴女を大切に思っている。自分が王子で貴女が聖女だからという理由じゃなくてね」
頷く。それは十分に伝わっているし、身に染みて感じている。
「今日は忙しい中時間をとってくれてありがとうね。何も無くても、これからも偶には会いに来てほしいわ。私はもう隠居の身でゆっくりと過ごしているだけなんだから」
社交辞令では無さそうだ。確かに、聖女の事、前世の事。先代様にしか話せない、相談できない事もあるだろう。
テーブルに鎮座する前世の母国、日本のお菓子たち。歴代聖女たちは恐らくほぼ日本人だとは予想している。
しかしこういう、この世界に浸透していない前世に当たり前にあるような物。便利な物。あまり見ないなと感じる。この和菓子もここで初めて見た。
「この和菓子を世間に普及させないのですか?」
聞いてみると、先代様はその気は無いそうだ。
「そうね、あまり考えた事なかったわね。何となく……ファンタジーの世界観を壊したくないって思いがあったのかも知れないわ」
ゆったりと微笑むミリエンヌ様の言う事に納得した。確かに私もそうだ。幼い事からそんな事は考えなかった、というか思いつかなかった。
ミリエンヌ様は、この和菓子も個人的に楽しんでいるだけなのだと言う。
そして、ミリエンヌ様の言葉から、この世界、この時代背景が乙女ゲーム由来である事は知らないように感じた。
この事に関しては誰にも言うつもりはない。隠し事ではなく、これは私だけが知っていればいい事だと思っている。
もしかしたら過去にも、何らかの創作の舞台に転生した聖女もいたのかも知れない。と思いを馳せた。
庭の外で一足先に待っていたリター。彼女も先代聖女の侍女と会談、茶会をしていたらしい。聖女の侍女をやる上での心得なんて物があったりするのだろうか。ちょっと興味がある。
お茶会で出されたあのお菓子が、あの茶葉が、などと姦しく話をしながら私たちは執務室に向かう。
執務室には既にベル様が待っていた。




