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天の聖女  作者: みど里
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とある元失敗者の初恋

 気丈に耐えながらも叔父上に治療、いや、解呪――と言っていた――を行ったジェシカ嬢がふらつき倒れた時は肝が冷えた。


 後から聞いたら特に問題はないらしい。顔色も悪くなく足取りもしっかりしていたから、安心はしたのだが――。

 やたらトーマを案じている様子に、腹がむかむかとする。

 彼女が視たというトーマの悲惨な未来。それを聞き思い出したのは、前の事。

 ジェシカ嬢が暴行を受けた時。冤罪の事実を聞いた時の奴の()(よう)は異常だった。故に、心が壊れる、というのも誇張ではないのだろうと、彼女の未来視をすんなり信じられた。


 陛下にはあらかじめジェシカ嬢の希望は話していた。姿を偽るのも問題はない。

 だが、彼女が聖女の幻術を作り出す、となった時。

 どうにも思い描けないのだ。私の隣に立つ聖女像というものが。

 私の希望を取り入れようとしてくれたようだが、彼女でないのなら正直なんでもいいと思ってしまい。結局ジェシカ嬢は勝手に聖女を作り出してしまった。


 姿を戻したジェシカを見て、心臓辺りに何かが沁み渡ったような感覚を得た。大切なものがようやく手元に戻ってきたような、泣きそうな、あの安心感。

「ああ」

 思わず声を出してしまう。訝しまれたために思った事を正直に答えた。

 姿形も、声も、その視線も。ジェシカそのままがいいと。やはりこの姿含めてジェシカという存在なのだ、と。

 僅かに動いた彼女の手が目に入る。白く美しい手。繊細な造りの指、爪。まさしくうら若い少女のそれ。

 この、細い指をあの男たちは。恐らく無遠慮に触れ、力を込めに込めて――。


 毛が逆立つような激しい感情を抑え込み、私は思わず彼女の手を取り指を撫でた。かすり傷すら負わせたくない。

 誰にも――触れさせたくない。

 心臓に沁み渡ったものが何と呼ばれる感情なのかを理解した瞬間だった。


 今更だが、私はベルディウス第一王子。21歳。

 ジェシカが聖女として王家に認められ、3日後には神殿で関係者のみに聖女の披露、そして私たちの婚約発表がある。

 つまり、もうこの時点では私たちは婚約者として王家には認められているのだ。


 もう一度言う。

 私はこの国の第一王子で、この国では成人として扱われる年齢。別に――初心でも純真でも、女性に免疫が無い訳でもない。だというのに――分からない。


 窓からジェシカの乗った馬車を見送る。彼女は始終私の態度が腑に落ちないような顔をしていた。

 好意を、示している、つもり。だというのに。伝わっていない、のか? それとも知らない振りをしているのか?

 わからない。

 彼女に対しての距離の取り方が、わからない。


 本当はこうしていちいちファルシ家に帰すのも、やきもきするというのに。使者を務めた魔術師から聞いている。

 不敬で不遜な態度の使用人がいるような家に帰さねばならない状況に歯噛みする。だが一番の障害になっているのが彼女自身というのは何とも皮肉だ。


 しかし、もう少し反応を見せてくれてもいいのではないか? 悶々としながら謁見の間に戻り、無事ジェシカを見送った事を両陛下に報告する。

 ふと、母が明らかに不満そうに、文句を言いたげにこちらを見ているのに気付いた。

「母上。何か」

「はぁ。あなたは王子ですし、そのように育てたのはわたくしたちですからね……」

 一体何の話だ。

 肘掛けに頬杖をついた王妃はあからさまに溜息をしてみせる。

「あなた、きちんと婚約者に愛情表現をするのですよ? 黙っていてもわかってくれる、などと言う言葉はただの怠慢だと心得なさい」

 最後の方は私ではなく、どう見ても横にいる陛下、父に言っている。横目で鋭い視線を送る王妃とは逆方向に視線を流す陛下。

 そういうのは是非私がいない時にやってほしいものだ。


「伝えているつもりなのですが」

 本当に心外だ。黙っていて人の心情が分かるのなら、誰も苦労はしないではないか。前の時だって――。

 またもこれ見よがしに溜息を吐く母。

「まさかその顔で?」

「顔」

 意外な言葉に、私は思わず片手で自分の顔をぺたりと確かめた。何とも間抜けな行動であったが誰も気にしていないようだ。

「そんな無表情のまま?」

「無表情」

 ゆっくりと片手を下ろす。いや、そんな筈はない。私はきちんと――。彼女と話している時は、とても気が緩んでいるのが自分でも分かるというのに。

「あなたは意外と感情豊かで顔に出ますが、昔からそれを表に出さないよう努めていましたね。これから互いを支え合う婚約者にくらいは素を曝け出しても良いと……母は思いますよ」

 母の顔にはもう呆れたような表情は無かった。

 素を。表情――か。


 翌日、登城する予定のジェシカを待つために聖女の執務室で、ひとり待つ。まだ大分早い時間だが心の準備というものがある。

 遠く離れた位置から違う場所に出現する『転移術』により、現れたのは聖女アリス。確かにジェシカの筈だ。

 だが。

「一度ジェシカに戻ってくれ」

 そう言うと何の疑問も無く、まるで私を信頼するように即座にその通りにしてくれる。

 そんな彼女に切なくなり。いや、これは愛おしいという感情だ。それと――綺麗なだけではない良からぬ情も。


 好きだ。君が愛おしい。大切に、したい。

 私は出来るだけ自らの感情を表に出すように、彼女に伝わるように意識するよう努めた。ジェシカはそんな私に戸惑っている。


 なんという、顔をしているのだ。そんなまるで――私に見惚れているような、戸惑いながらも蕩けるような目をして。

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