21 天読み
あれから、大公はロミの身柄を拘束。彼女ひとりだけを自らの屋敷に連れ帰り監視する事に成功した。
障害になりそうなのは、隣国の王子・隠しキャラその2のレオン王子。これはゲームの知識だが、レオン王子は個人的にも公的にも、ロミを自国に連れ帰ろうと計画している。
レオン王子の思惑だけなら大公始め王家は受け入れるだろう。貧乏くじを向こうに押し付けられるのだから。
だが、もし私の言った、間者によるロミ殺害が起こってしまったら。
レオン王子は自身の影による仕業ではなく、この国による暗殺では、と推測する余地を生んでしまう。王子の恋人を殺害したと、レオン王子はこの国に何をしかけてくるか分かったものではない。
更にこんなややこしい時に――あろうことか、トーマがジェシカの行方を捜索するつもりだ、という事がわかった。
リターのまとめた書簡をひとつひとつ確認していた私、聖女アリス。
聖女に直接届けられた手紙、王家を通じて他国から謁見の伺い。それらの中に極秘、としてファルシ家の家令、オーステッドからの手紙があったのだ。
当然王家の検問を通った安全なものである。
世間には表向き、大公がロミを娶ったと知られているはずだ。
トーマにはこのままロミの幸せを想いながら、私の事も放っておいて、心穏やかに過ごしてほしい。
あの屋敷で、自分を案じる使用人たちに囲まれて幸せに暮らしてほしい。本当に愛し愛される相手を見つけてほしいというのに。
あの時――地下部屋で彼らに追い詰められた時、私自身を殺す幻を見せ、そのまま私を死んだ事にも出来なくはなかった。
だが、どうしても彼の心を壊すきっかけとなるかもしれない、ジェシカの死を直接見せたくないと思ったのだ。
私が落第した時も、王子が聖女を確信した時も、ヒロインの動向についても。
すべて私は後手に回っている感じしかしない。
なまじゲームの知識があるのが悪かったのだろうか。こうであると思い込んでしまったのが悪かったのか。
特にロミの言動の意味、意図が全く分からなくて振り回されてばかりだ。
溜息を吐いた私を見て、リターはすかさずお茶の用意をする。
「お疲れですね、休憩に致しましょうか」
ワゴンを運んでくるリターの言葉に甘えよう。何やら心躍るような物も皿に乗っているのが見えるし。
「そうね。あ、リターも座って。休憩しましょ」
お茶と焼き菓子を来客用のテーブルにセットしたリターを私の対面に座らせる。
侍女とはいえ聖女にとっては一緒に仕事する同志、同僚のような存在だ。貴族のあれこれなんてものは拘らない。実際、今は侯爵家のジェシカじゃなくアリスなのだから。
二人して一息吐く。
ロミの現状。
トーマの事。
それ以外にも大きなイベントがふたつ、待ち構えているのだ。
「聖女の披露宴ねぇ。波乱なく終わる気がしないわ」
「色々ややこしい事になっていますからね」
まずは聖女と王子の民衆へのお披露目パレード。その後、各国の要人を招いて王城で夜会。
ちなみに、隠しキャラレオンルートでは、この披露宴で主人公ロミに正体を明かし、主人公は葛藤しながらも国と、聖女の称号を捨てる。
そしてレオン王子に半ば攫われるようにして、二人は駆け落ちのように隣国に逃げる、というグッドエンドになる。
それならばイザークはロミを暗殺しようとはせず、主の幸せを見守る。
当然この現実でもレオン王子は正式に披露宴に参加するだろう。
いや、今までの歪みを鑑みるに、大公邸で幽閉されているロミの元へ現れ、彼女を攫ってしまう可能性も大いにある、か。
さて、私はこうして思考のためだけにじっとしている訳にもいかない。聖女になってから初めてのお勤めがあるのだ。
「ごちそうさま。さあ、そろそろ殿下のところへ行きましょう」
お茶とお菓子を堪能し終え、ベル様が待つ彼の執務室へ向かおうと立ちあがる。
リターが茶器等を片付け、私は机の上のもろもろを整理、念のためにそれらをしまった引き出しに施錠の術をかけておく。
扉前で待機していた女性騎士を二人引き連れ、王子殿下の元へ向かう。
「来たか。では天読み台へエスコートしよう」
殿下の執務室に通された私に、彼は優雅な所作で手を差し出した。そこに私も手を乗せる。
ベル様はいつもの、無表情とも言える表情だ。どうしてもジェシカとして接している時、二人きりの時と比べて意識してしまう。
――私が好き、だと言うのは本気なのだろうか。今はあまり考えないようにして、殿下にいざなわれる。
執務室を出て、廊下を歩く内に辺りの様子も変わってきた。廊下には人気が無くなり、壁も床もむき出しの石レンガが目立つようになる。
「お城にこんなところがあったのですね」
「ああ。敢えて装飾しないのだそうだ。近寄り難くするためらしいな」
幼い頃調べた限りで分かったのは、この国の創設記は実はかなりぼかされていて曖昧だったという事。ただ、聖女の遍歴を見ると聖女が国を作った、その伴侶が初代王となった。という事実が若干透けて見えるところもあって。
これから行く場所は、後から作られた施設ではないのだろう。
建城する際、聖女ありきで設計されたのかもしれない。実際に見るまで確証はできないが。
道を間違えたか、と思い引き返させるような閑散とした雰囲気の廊下。その先にある螺旋階段を上り、見えてきた扉を開けると。
一面に広がる空。
少し暑い日差しが降り注ぎ、青を背景に鳥たちが飛び、柔らかな風が吹いている。
城の屋上だ。それもただの屋上ではなく。
「ここが、天読み台」
当然私は初めて足を踏み入れる場所だ。こんな場所がある事すらも知らなかった。
「心地良い不思議な場所だろう? 私の祖母……先代聖女もここで天読みをしていたのだ」
言いながら殿下は私の手を取ったまま中心へ歩み寄る。
中心部分の床に大きな円状の装飾が張り付いている。私が両腕を広げてもまだ余りあるほどの直径の円。あの真ん中で天読みを行うのだろう。外から見てもあの中心だけは空気が違うと感じる。
現に、その周りに並ぶ城の役人たちがいる。手に持っている物から察するに彼らは書記なのだろう。聖女の天読み結果を三人ほどで間違いなく書き出すための。
その中から一番年配の役人が私たちの前に出て恭しい礼をした。
「聖女アリス様。天読みの書記長を担当しておりますゴールと申します」
初老、というほど歳はいっていない。真面目そうで、でもあまり堅苦しくない表情を作ってくれる役人だ。
新米聖女に気を遣ってくれているのだろうというのが分かる。
ベル様と手を離して、私はカーテシーで対応する。
「はじめまして。アリスといいます。では、早速始めてもいいですか?」
一応、少女アリスとして振る舞うのを忘れずに。
私の対応に背後に控えていた二人の書記は、ふっと強張っていた表情を綻ばせたようだ。僅かに、だが。
拙い少女を馬鹿にしているような感じでもない。彼らももしかして新米なのだろうか。一人は若く、もう一人は少年といってもいい位の年齢に見える。
案の定書記長ゴールが、そう二人を紹介した。新たな聖女と共に天読みの書記も引継ぎの時期なのだと。
「私が見届け人となる。さあ、アリス」
殿下が私の背に手を添える。
私は円の中心に立つ。すると。
(あ……魔力が)
体の内側から優しく、ゆっくりと沸き立つような魔力の奔流を感じた。注意して見てみると円の外周の装飾が僅かに魔力を帯びている。
魔力の増強装置のようなものなのだろう。過去の聖女――もしかして初代の聖女が設置したものなのかもしれない。
よし。と、私は僅かに空を見上げ目を伏せた。
候補生時代に行っていた独自の天読み。私は卜占、占星術などのように直接星を読み天気を占うなどといった事は正直できない。
私ができるのは。
(みんな、お願いね)
私は魔力の糸を何千、何万……それ以上を国中に張り巡らせる勢いで、自分を中心として伸ばす。ひたすら伸ばす。
極限まで細く、弱いそれに反応してくれるのは。
空を飛んでいた鳥が数羽、私の傍に降りてきた。囀る声が私の耳を通り。
(……そう。今日は午後から雲が出てくるのね)
「今日は午後から曇るようです。雨雲ではなく大きな雲が通りすぎるだけですが」
無数の糸を伝って僅かな魔力が流れ込んでくる。この国中の木々、植物、大小問わない動物。全ての微々たる魔力が。
「二週間は概ね天気が崩れる事はないでしょう。明後日の正午には少々日差しが強くなります。外で労働する人たちには注意喚起をお願いします」
更に、空中を漂う大気、母なる大地の脈動まで流れてくる。
「大きな災害の前兆も見えません。ただ来週は時折強い風が吹く事があります」
一通り声を聴き終えた私は、言語として送られてきた魔力を、すべて元に還す。
(ありがとう)
足元にいた鳥たちが飛び立った音がする。
そして張り巡らせた糸を遠くから徐々に消していく。ゆっくりと、動物たちを驚かせないように。私は目を開けた。横を見ると三人の書記が私の言った事を記している。
余談だが、ファルシ邸においてナディとエスタに行ったテレパシーに応用したのがこの方法だ。
幼い頃から試してみて、候補生時代に確立させたこの方法。そう、天読みとは名ばかりで、私は実際に天を読んでいる訳ではない。
天読みを行う、となった時、夜ではなくこの時間を指定したのもそのためだ。生き物がほぼ活動しない夜よりは昼の方が効率がいいから。
詳細なイメージを描くために中々精神力を使うのだが、魔力には全く影響はなかった。この円のおかげだろう。
心なしか疲弊した神経まで癒されていくのが分かる。
「アリス」
背後でベル様が呼ぶ声がして、振り向く。歩いてくる彼に私も円から出て歩み寄る。
「ご苦労だった、アリス。……疲れてはいないか?」
「はい。不思議なくらいに。この場所のおかげです、多分」
そうか。と、おもむろに私の頭を無表情で撫でるベル様。何というか、人前だから恥ずかしいし少しくすぐったいのだが、この人の手は凄く、好きだ。
不思議と無条件で安心する。
案の定咳払いをして妙な空気を絶ち切った書記長ゴールに、殿下は苦笑いで応え、私は慌てて離れる。
「聖女様、お疲れ様です。では、今後の天読みは聖女様のご都合で予定を組んでいただきます」
「はい。一応三週先までは読めるんですが、一週間に一度の間隔で行いたいと思ってます」
私はあらかじめリターと考えていた予定を話した。
書記長ゴールは背後に控える新米書記たちに目線で合図を送る。彼らは予定を書き出しているようだ。
私の天読みはあくまでも自然の声を受ける予報のようなものであって、預言、予知ではない。
予測の先に何があるのか分からないからだ。出来るなら頻繁にした方が間違いがなくていい。
来た時と同じようにベル様にエスコートされて、リター、騎士二人と共に屋上を去る。
「お疲れ様です」
「お疲れさまでした!」
背後に三者三様の挨拶を受けて。
さて、この後もまだ大きな仕事が残っている。




