02 ライバル落第ルート
「待て」
王子に呼び止められ、私はその場にとどまる。
「何故このような事をした」
私は首を傾げる。笑みを浮かべたまま。そんな私の態度が癇に障ったのか、周りの一部から鋭い視線が飛んでくる。
「君は成績だけなら頭一つ飛び抜けていたそうだ。天読みも正確、無遅刻無欠席。候補生としてだけならば余計な事をしなくとも、十分に聖女候補筆頭だった」
そう。結局世界の予定調和なのだ。
聖女となる人間が必然的に優秀なだけ。候補生の成績で聖女が決まる訳じゃない。
「周りを蹴落とそうとする醜い心根を持つ者はどこにでもいるものです」
私は笑みを絶やさないまま否定も肯定もしなかった。初めて、王子の顔に怪訝、という色が浮かぶ。
今までは散々否定してきた。だが今更だ。私が落第した、という事は。このルートに入ったという事は……。
もう私は自分の潔白を声高に叫べない。
そもそも、ヒロインが何もしてこなければ、私はそのまま聖女になろうとは思っていたのだ。
しかし、どうやら彼女は自分よりも上にいる私が気にくわなかったようで。次々と自分の味方になる男たちを陥落していき、あろう事か私に苛めの罪を着せた。
正直、楽観視していたのもある。私は聖女だから大丈夫だ、と。まさか冤罪で落第処分なんて事にはならないだろう、と。
ライバルの落第ルートと聖女ルートが両立するとは全く思ってなかったのだ。
王子殿下が口を開く前に、私は最後の礼をしてその場を去った。
私を引きずりおろした大勢に見送られながら。当然、その中にはうまくいったとほくそ笑んでいるヒロインがいた。
外で待機していた旧知である冷たい目の執事に促され、私は自宅へ向かう馬車に乗り込む。
さて、聖女候補生の『落第』という肩書きはこの世界ではかなり重い。
碌な職には就けず、まっとうな結婚も望めない。候補生の復帰は絶望的。しかし罪人ではない、微妙な立ち位置となる。
(本物の聖女を落第させて……一体これからどうなるのかしら)
私が不安にならず慌てずにいられるのは、この後の展開を知っているから。
ルートの一つに、ライバルのジェシカがやりすぎて候補生から脱落してしまう、というものがある。
ジェシカの身を自由にしてしまう事を危ぶんだ王子たち攻略対象者は、ヒロインへの報復を考えジェシカを監視する事にした。
その貧乏くじを率先して引いたのは、騎士階級のトーマ。
殿下の元学友で、明るいムードメーカー。誰にでも好かれる性格だが、実は真に愛情を知らないという設定の攻略対象者。
乙女ゲームに必ずひとつはあるような属性を持ったキャラだ。
彼はヒロインへ初めて確かな愛情を抱き、自らがジェシカの監視役……婚姻を結ぶ事で一生ヒロインへ近づけさせないように仕組む。
つまり、今から私は候補生落第を告げられたその足で、騎士トーマへ嫁入りするのだ。
トーマは前世での私の推しキャラ。
明るく振る舞っているが、その内面は非常に脆く危うい。前世でも今世でも私はそういうキャラに弱いらしい。『ギャップ萌え』というやつだろうか。
恋愛感情は抜きにしても、どうにも放っておけないというか、守らなければという思いに駆られる。
生家に帰省した途端、無表情で感情の見えない目をした父が私を出迎え、私へファルシ家への輿入れを強制してきた。
騎士トーマの生家である。
トーマは10年前に当主である両親を亡くしており、幼い彼が当主となるが実質は家令が実務を行っていたはずだ。学園を卒業した頃から徐々に仕事を増やして、当主として働き始めたらしい。
これはゲームの知識じゃなく世間での周知の事実。
父は正式な印が押された令状を見せ、早急に出て行けと静かに言った。
私が落第するのは大分前から決定していたのだろう。こちら側も輿入れ先も準備万端、という訳だ。私だけが知らされていない。
『ゲーム』の知識があるおかげで心の準備はできていたけれど。
部屋に戻った私はクローゼットの奥から、万が一を考え予め用意していたトランクを引っ張り出した。使用人たちが私の不在中これを見つけてしまったら困ると、見つからないよう術をかけて隠してあったのだ。使わないに越した事はないと思っていたがそうはならなかった。
キャスターの付いたそれをカラカラと引きずって玄関ホールに現れると、待っていた父はその鋭利な目を僅かに見開いた。早すぎる登場に私をまじまじと見る。
私は一礼して。
「お世話になりました」
そう言い残しその場を立ち去った。
父や家の事は嫌いではない。
ただ、聖女候補生から落第した私がいては、侯爵家の名に泥を塗る。
私は潔く去るのみ、だ。