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天の聖女  作者: みど里
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とある失敗者の逆行

 そして俺が。


――私が。全てを思い出したのは、神殿。ざわめく聖女選定の間にて。


 頭の中が一瞬真っ白になった後、幼い頃から今までの記憶。失敗までのもうひとつの記憶。道筋の違うふたつのそれらが、新たに脳内で構成されていく。

 どういう、事だ?

 そう思った瞬間、陛下――父が、祖父が。以前仰っていたあの言葉を思い出した。


『逆行能力』


 それはどういう意味かと問いかけたが、父も祖父もはっきりとは言わず、いずれ判る、と。

 つまり、私は時を(さかのぼ)ったのか?

 だが全てを思い出して気付く。今の人生は随分前と立ち振る舞いが違っている。前の私は、無表情で子供らしくない子供として育ち、他人に興味も無く、誰の心情も見ようともしない、そんな人間だった。

 今は。そこまででもなく割と普通の子供だったように思う。だが、今回は聖女候補生とは私的に関わる事を良しとせず常に俯瞰で様子を見ていた。

 前とは違う。前回は――そうだ。


 聖女と随分親しくしていた。聖女が選定される前から、今のように男を侍らせる聖女の傍にいた。

 そこに燃え上がるような情欲は無かったが、王子として聖女を守らねばという意識は常にあった。伴侶となるのだからと、特に多く接点をもった。

 聖女(あのおんな)が聖女であると信じ疑いもしなかった。実際に聖女は候補生時代から抜きん出ていて、不思議な力を有しているのも垣間見えたから。

 そして選定の儀において聖女が誕生し、天啓を得たから。と、俺は聖女自身の本質を見ようともせずに。


 前回と今。聖女(あのおんな)の私に対する態度は――何ら変わっていない(・・・・・・・)。親しげに、奔放に。私の姿を見かけると駆け寄ってきて上目使いで笑う。

 だというのに私自身の態度は違う。

 前の俺は眉をひそめながらも、多少好意的にあの女の行動を見ていた。伯爵家の娘である令嬢にあるまじき行動に対して、だ。有り得ない。


 吐き気がする。今の私には考えられない。今回の私は、評判や外面、行動に惑わされる事のないように候補生を見極めようと――。


 つまり、今のこの時まで意識が戻った訳ではなく、幼い頃、もしくはこの世に生まれ落ちた瞬間まで時を遡ったという事、か?

 俺――私は、今度こそ間違えない。と、憶えていなくとも無意識に、心の深層で、自らを反面教師にしていたのだろうか。


 私は落雷によって一部が瓦解した天井を見上げ――そして彼女(・・)が去って行った大扉を、見た。


「っ、遅い……!」


 思わず頭を掻き悪態をついた。

 何故、今なのだ――。何故、彼女を落第させる前に思い出さないのだ! 結局間違えているではないか!

 今、彼女が新たな、いや、真の聖女であると確かに天啓を得たのだが、そんな事はどうでもいい。


 痣ができた顔。折られた指と腕。乱暴に扱われた髪。曇った黒曜石の瞳。

 痛かっただろう、虚しかっただろう、悔しかっただろう――それに、寂しかったに違いない。


 もう絶対にあのような事をさせてたまるか。あのような目に合わせてたまるか。諦めに目を曇らせるような事には、私がさせない。

 そして――最期に見た、あの瞳の輝きが脳裏に焼き付いて離れない。

 意味深な言葉を呟いて()を見上げたあの令嬢の、あの目。

 あの目でもう一度、私を。



「何で……? わたしが聖女なのにっ……選ばれるはずなのにっ!」


 雷が直撃した祭壇の水晶に向かって喚く候補生。かつての聖女。取り巻きたちは彼女をなだめながら、ちらちらと私を見る。

 そういえば、あの女の取り巻きの面子も前と微妙に違うな、などとうっすら思ったが、どうでもいい。

 私は気が急くのを感じながら、再度祭壇に立つ。


「今代聖女は、ここにいる候補生の中から選ばれなかった。追って報告があるまで候補生は待機とする」

 そうして解散を告げ、講師たち、教会関係者たちを早急に別室に集めるよう侍従に指示を出した。

 私は城への連絡のために一度外へ出る。背にかけられる元聖女の、焦燥したような呼びかけを無視して。

 ああ、早く彼女を追いかけなければ。だがその前に。


 手短に今後の方針、王家と教会、講師たちの意見を取り集め終え、城に報告の使者を向かわせた。『能力を使用した』との伝言と共に。


 すると。

「王子殿下。少々、宜しいでしょうか」

 何かを押し殺したような男の声に振り返ると――あの、若い講師だ。

 前回、城の地下に軟禁した令嬢に暴行を加えた男たちの内のひとり。候補生講師。そういえば選定の儀にはいなかったのではないか。

 私の剣呑な空気に気付いたのか、講師は慌てて頭を下げ名乗りと共に何かを差し出した。

「王子殿下にこれを、ご覧になっていただきたく」

 講師が両手で差し出したのは三つ折りの紙束。ある候補生の成績表だ。

「私には、とても信じられません。彼女が誰かを苛めるなど」

 私がその束を開き中を見ている間も、講師は悲痛に訴える。今回は。いや、今回も聖女(・・)の味方なのだな。


 実は彼女を落第処分にする際、王家は講師たちからある程度あの令嬢の成績や素行を聞いていた。実際に成績表を見るのは初めてだが、目を通しただけで判る。そこには紛れもなく優等生である証の数値と講師の分析が書かれていたのだ。


「本来はこのような事は許されません。殿下といえど外部に候補生の成績を呈示するなど……しかし、僕……私は、例え罰を受けようとも」

 頭を下げたまま、私の様子を窺う事もせずに講師は肩を震わせている。

「ついでに聞くが」

 私の追及に、は、と講師はようやく顔を上げた。

「苛めを訴えている令嬢は、どうだ?」

 名前を出すのすら嫌だった。

 講師は一瞬眉を歪めるが、誤魔化すようにして黒縁の眼鏡の位置を直す。

「彼女、は。普通……いえ、その。下から数えた方が早い、かと。(そら)読みは二日以上正確に的中した事はありませんし、魔術、もその」

「そうか。分かった」

 口籠っているが、あの女を庇っているというよりはただ劣等生を悪く言いたくない、という講師としての葛藤が見えた。

「お前は議論の際最後まで落第に反対していたと聞いたが」


 先程、聖女選定の儀を再度執り行うかという多数決をとるため、簡易会議をした時だ。ひとりの年かさの女性講師が呟いたのを、確かに聞いた。

「彼の言う通りだったわね。やはり彼女を落第させなければ……」

 そして詳細と、この講師の名を聞いたのだ。


「彼女は聖女になってもおかしくない逸材でした。それは成績だけではなく、普段の候補生としての生活、からも」

 言いながらまた徐々に俯いていく講師。表立って庇えなかった事を悔やんでいるのだろうか。

「成程な……よく分かった。これは王家の責だ」

 え、と顔を上げる講師。

「致し方ない。声を上げられなかったのは()がいたから、だろう? 恐らく良識ある他の講師も歯痒い思いをしていた。だからこそ彼女を交えての再選定に、何人かの講師は真っ先に賛成した」

「再選定……」

 この講師は参加していなかったために知らないのだろう。

「お前は彼女を交えての再選定に、賛成か、反対か」

「っ、当然賛成です」

「なら問題ない。彼女の事は安心しろ。確かにお前のこの(・・)行為は講師としては失格だった。だが」

 私は持っていた彼女の3年間が詰まった紙束を持ち上げ、そして講師に返した。

「こうして声を上げたのは勇気ある行動だ」

 と私は踵を返し講師と別れた。


 だが、いくらこの時(・・・)では無罪とはいえ私は許した訳ではない。多少の仕返しくらいはしてもいいだろう?

 彼女が真の聖女であり、これから会いに行く事は敢えて話さなかった。

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